「みょうじ」
「轟くん!」
普通科の教室まで来てくれるとは思わず驚いてしまう。
クラスメイトの視線を集めてしまっている。
「帰る準備出来てるか?」
「う、うんっ」
じゃあ行くぞ、と微笑んでくれる。
さり気なく鞄を持ってくれようとしたけど丁重にお断りした。さすがにそれは悪すぎる。
というかその微笑みは反則すぎます。
「えと、轟くん。テスト勉強はどこで?」
「今はテスト前だからな。自習室は取れなかった。俺の部屋でいいか?」
「うん、いい…よ」
って俺の部屋!?
轟くんの部屋ってことだよね…!
男の子の部屋に入るのは初めてなので流石に少し緊張してしまう。ここで変に否定してもしょうがないし。
轟くんの隣を歩いて、寮へ向かう。
学校を出て歩いて数分。寮にはすぐ着いた。
「ここだ」
「お、お邪魔します」
A組の寮の五階、奥から二番目の部屋。
中に入ると、フローリングのはずの部屋は畳の和室だった。
ここで轟くんが生活してるんだなあと思うと何だか全てが愛おしく感じる。
「轟くんの部屋!すごいね!」
「実家が日本家屋だからな…フローリングは落ち着かねえ」
「そっかあ、いいよね、畳の匂い!」
私がキョロキョロ見渡していると、轟くんはふっと笑った。
はしゃいでるのが急に恥ずかしくなって俯いた。
「じゃ、始めるぞ。…こっち座れ」
ぽんぽん、と轟くんは自身の横の座布団を叩く。
え…向き合って勉強するんじゃ…?
「こっちのが近くていい」
「と、轟くん…」
集中しづらい…
轟くんの優しい匂いが鼻腔をくすぐって、胸がぎゅうとなる。
ふと、轟くんが英語のプリントを取り出して指を刺す。
「英語のここなんだが」
「あ、ここはね…」
▽
しばらくするとしっかり集中していた。
休憩にするか、と言われようやく轟くんの部屋で二人きりなのを思い出す。
「轟くん…あの」
「何だ?」
日本茶を入れてくれた轟くんの隣に座って、お茶の波紋をじっと眺めた。それからすっと轟くんに視線を戻す。
「ありがとう、ってずっと言いたくて…」
轟くんは首を傾げた。
何のことか考えている様子が伺える。
「個性と向き合うきっかけをくれたの、轟くんだったから…今では個性をコントロール出来るようになってすごく嬉しいんだ」
「そうか」
轟くんはずず、とお茶を飲んだ。
その所作が綺麗で羨ましい。
「大したことはしてねえが、みょうじが喜んでくれたなら俺も嬉しい」
でも、と轟くんは続ける。
「俺といる時は無理にコントロールしなくていい。個性含めて俺はみょうじが好きだ」
そう言われた瞬間、身体の力がすとんと抜けて…。
私の背後に花が咲いた。
それを見た轟くんがふわりと微笑んで、私の手に触れた。
「やっぱ好きだ、それ」
二人の周りは瞬く間に花で埋め尽くされる。
ああ、本当にこの人は…。
いつだって私の欲しい言葉をくれる。
「みょうじ」
轟くんがまたあの熱い瞳で私を見つめる。
この目をされると私はどうしようもなく弱くなってしまう。
「名前で呼んでもいいか?」
心臓がどくりと大きく高鳴る。
私は轟くんのその瞳に吸い込まれそうになりながら、小さく頷いた。
「なまえ」
ふわと微笑んで、私を抱きしめる。
初めて呼ばれた名前は初々しくて、優しくて。
「焦凍、くん」
たどたどしく私も彼の下の名前を呼ぶ。
ただそれだけのことなのに心臓がうるさい。
「これからも一緒にいてくれ。なまえがいると俺も頑張れる」
「はい…。私も…焦凍くんがヒーロー目指して頑張ってる姿を見ると頑張ろうって思えるよ」
手を握って二人して笑い合った。
これから先、どうなっていくかなんて分からない。
けど、彼がいれば大丈夫だって、それだけは明確に思えたから。
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19 これから先も