「あの…轟さん」
後ろを歩く八百万が、気まずそうに声をかける。
今はあまり話したい気分じゃないが、無視はできない。
「…何だ?」
「申し訳ありませんでした…私が声を出したばっかりに」
さっきのみょうじが告白されている場面。
思い出すだけで胃の辺りがきりと痛む。
「いや、別に…八百万は悪くねえだろ」
今日は八百万と日直で、俺が授業の片付けや黒板を消し、その間に八百万が日誌を書いてくれたので日誌を届けに職員室には俺が行くと言ったが、八百万が譲らなかったため二人で行った。
帰りに喉が渇いたので裏庭の近くの自販機に寄り、教室に戻る途中のことだった。
『好きです。みょうじさんのことが一学期の頃から好きでした…!付き合ってください』
裏庭から声が聞こえると思った。
特に理由もなくなんとなく、八百万と二人そちらに足が傾いた。
みょうじと、昨日の男子生徒だった。
みょうじが驚いた顔をして、声を上げた八百万に気付いて、それから俺と目が合った。
みょうじの恥ずかしそうな、困ったような…それでいて泣きそうな顔が、脳裏にちらつく。
「轟さんは…」
教室に戻る途中、また八百万が話しかけてきた。
八百万は一瞬口にするか迷ったようだが、意を決したのか口を開いた。
「みょうじさんのことを好いていらっしゃるのですね」
「…ああ。みょうじが好きだ」
「なら!」
八百万は俺の目をまっすぐ見て言う。
「轟さんも自分の気持ちを伝えるべきですわ」
八百万はそれでは、とそのまま教室へ入ると、自分の鞄を持ってそそくさと帰って行った。
教室にはもう誰も居なかった。
自分の席に戻って、少し考えてみた。
自分の気持ちを伝える。
それは正しいことなのだろうか?
もしあの二人が付き合っていたとしたら、みょうじを困らせる。いらぬ手間をかけさせる。
そもそも気持ちを伝えてどうしたらいいのかも分からない。
俺はヒーローを目指している。
将来どうなるかも分からない。
これからだってどんどん忙しくなる。
みょうじが万が一気持ちを受け入れてくれても寂しい思いをさせるだけだ。
「…轟くん」
控えめに、俺を呼ぶ声が聞こえた。
透き通っていて綺麗な、少し高めの声。
「みょうじ?」
声のしたドアの方向を見る。
みょうじが所在なさげに立っている。
「…どうした。さっきの奴は…?」
「あの…断ってきた…」
みょうじは不安そうに潤んだ瞳で俺を見上げる。
心臓を鷲掴みされたような感覚に陥る。
どうしてみょうじはここに来たんだ。
どうしてそんな目で、俺を見上げてる?
「さっきの子…田中くんに告白されて…」
何でわざわざ、そんなことを俺に言う。
聞きたくないのに。
「私も素直になりたいって思ったの」
みょうじは真っ直ぐとした瞳で俺を見つめた。
その瞳には熱意も正直さも、少しの照れも交じっていて。
みょうじがこんな目をしているのを見たことが、ない。
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