放課後、しばらく友達と話をしてから田中くんに指定された裏庭に向かった。

友達は何か言いたそうな顔をしていたが、何も言わずに私を送り出した。

階段を降りて、表玄関のちょうど裏側。
誰が管理しているのか分からないが綺麗な花が咲いている花壇がいくつかあり、ベンチもある。
裏庭を曲がった角には自販機が置いてあるのでたまに利用することもある。


「田中くん」


花壇に囲まれた真ん中の一番分かりやすいベンチに座って待っていてくれた。

田中くんは私に気がつくと立ち上がった。

「ごめん、お待たせ」
「大丈夫だよ。ごめんね、呼び出して」

田中くんは優しい。
教科書忘れたときは、田中くんの方から見る?と聞いて来て見せてくれたし、先生に当てられて分からなかったときはこそりと隣から教えてくれることもあった。

何か悩みがあって私に打ち明けようとしてるのなら、私は田中くんの力になりたい。


「田中くん。どうしたの?」


私は出来るだけ話し易いようにゆっくりとした口調で聞く。

「あの…」

言いにくそうに口籠る。
田中くんはしばらく下を向いていた。

その後もえーっと、とキョロキョロ周りを見渡す。

「田中くん?」

私が田中くんを見上げる。
田中くんはごくりと固唾を飲んで、私を真っ直ぐに見据えた。
私も彼に倣ってぴしりと姿勢を正した。


「好きです。みょうじさんのことが一学期の頃から好きでした…!付き合ってください」


…えっ、


私は驚いて声が出ない。
田中くんは真っ赤な顔をして、少し震えていた。

「…まあ」

小さな声が聞こえた。
私の声でも田中くんの声でもない。

じゃあ、どこから…?

振り返ると、八百万さんが口元を手で押さえて少し頬を染めて立っていた。


その隣には…轟くん。


「…っ」


どうしてこんな時に。
どうしてここを通ったの?
どうして轟くん、八百万さんと一緒にいるの…?


ふるふると頭を振る。今は田中くんのことだ。


私は眉根を下げた。
どうしたらいいか、分からなかった。


自分の気持ちは決まっている。


田中くんが私を想ってくれていたことは素直に嬉しい。
でも、どう言えば彼を傷つけずに済む?


…見つからない。


田中くんを傷つけずに済む方法なんて、見つからない。


「あの…私…」


田中くんに返事をしなくては。
彼に向き直る。

後ろで、行くぞ八百万、と私の好きな低い声が聞こえた。


「…っ、田中くん…私は…」


ぽつ、
気がつくと雨が降り出した。
私の個性だった。
抑えきれなくなって溢れ出した。


それを見た田中くんは、目を大きく見開いて困った顔をしてしまった。


「ごめん、みょうじさん…。みょうじさんを傷付けるつもりなんてなかったんだ。本当にごめん」
「ま、待って、田中くん。これは…違うの。田中くんの気持ちはすごく嬉しい…」


私はさっきの田中くんのように視線を下に移す。


「田中くんが私に気持ちを伝えてくれたように、私も自分の気持ちをちゃんと伝えたい。…聞いてくれる?」


怖い。
昔のように私の個性で誰かを傷つけてしまうことが。
個性がなくても傷つけてしまう。人を傷つけないように顔色を伺って生きてきたけど。


でも、私がこのまま本当の気持ちを伝えなければ、もっと傷つけてしまう。
だから、彼がしてくれたように真っ直ぐ、目を見て…



「ごめんなさい。私には好きな人がいます。」



15 もう誰も傷つけたくないのに
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