「手伝ってくれてありがとう、田中くん」
「いえいえ」

同じクラスの田中くん。

今日私は日直で、化学の授業の後片付けを頼まれた。
と言っても化学室の隣にある準備室に使った機材を戻すだけだが。
一人では多い機材をどこから片付けたものか…と考えていると田中くんが手伝うと言ってくれた。

「本当に助かったよ!今日はもう一人の日直の子もお休みだったし」

にこりと隣を歩く田中くんに笑いかける。
化学室からクラスの教室までの近道に、ヒーロー科の教室の前を通る。
ただそれだけのことが少し特別にも感じる。
轟くんに一目会えないかと期待してしまう私がいる。


(…ここ、A組の教室の前だ)


ちょうど目の前を通り過ぎた時にがらりとドアが開いた。
一瞬だけど、轟くんが見えたような…気がした。

さすがに、気のせいかな。
私の希望も、ここまでいくと流石に痛々しい。

そんな自分に苦笑していると、隣を歩いていた田中くんが少し真面目な声色で口を開いた。


「みょうじさん、あの…これから、一緒に」
「うん?」


田中くんが言いにくそうにもごもごと何かを言いかけた。
何だろう?と見上げる。


と、急に後ろから手首をぐいと引かれ、数歩よろめいた。


「みょうじ」


その姿をまだ見ていないのに、心臓がどくりと大きく鳴った。
低くて心地良くて、甘い…好きな声。

その声を聞いただけで無意識にパッ、と花が咲く。


「とどろき、くん?」


振り向くと怒ったような困ったような表情をしている轟くんが立っていた。
その後ろには焦った顔の緑谷くん。


「え、っと…どうしたの?」


驚いて、轟くんの瞳と手首を交互に見る。
いつもは少し冷めているその瞳が、熱を孕んで私を見つめている。
轟くんの手に、僅かに力が込められる。

「いっ…」

耐えられないほど痛かったわけでもないのに、思わず声を漏らす。
轟くんは罰が悪そうに手首を離してくれた。


「悪ィ…なんでもねえ。気をつけて帰れよ」
「え?…う、うん…」


轟くんはそのまま行ってしまった。
緑谷くんが慌ててその後を追う。


「みょうじさん、今の…轟焦凍くん、だよね。知り合い?」
「あっ…う、うん。ごめんね、話遮っちゃって」
「いや…いいよ、また今度で。… みょうじさんの個性、久しぶりに見た」
「えっ?あ…さっき…」


思わず一瞬出してしまった花。
やっぱり見られていた。


田中くんはそそくさと教室へ戻っていった。
私はしばらくその場で動けなくなっていた。


掴まれていた手首が熱い。


あの瞳は何だったのだろう。
どうして私の手首を掴んだんだろう?
どうしてあんな目で私を見たんだろう?


身体中がぶわりと熱を持つ。


特に熱い頬を両手で押さえる。




…あんなことされてしまったら、



12 期待してもいいの?
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