「緑谷」

授業が終わってクラスメイト達が帰り支度を始める中、同じように帰り支度をしていた緑谷に声を掛ける。

「轟くん、どうしたの?」

くりとした瞳で不思議そうにこちらを見る。

「いや… みょうじの事なんだが…」
「みょうじさん?」

なに?どうしたの?僕に出来ることがあったら言って!と緑谷は嬉しそうに両手でガッツポーズする。


「いや…最近」


最近、俺はどこかおかしい。
教室の外を歩けば、あの小さくて、肩の下で小さく跳ねた少し長めの黒髪の後ろ姿を探してしまう。


「みょうじ…最近猫みたいじゃねえか?」
「ね、こ?」


緑谷が目を点にしてかくっと首を傾げた。


「上手いこと言えねえ。猫っつうか小動物見てる時みたいな気になる」


自分でもなに言ってるか分からない。
緑谷も急にこんなこと言われて戸惑っているらしい。
緑谷は何かを考えているようだった。
しばらくして、何か閃いたのか少し言いにくそうに口を開いた。


「えっ…と…可愛い、ってこと、かな?」


…可愛い。
ああ、そうか。
俺の中で無縁だった言葉だったから中々出てこなかった。可愛い。


「そうかもしれねえ」
「なるほど!轟くんは、みょうじさんが可愛いと」
「あ、ああ…」


緑谷は、なるほどなるほどしかしみょうじさんは猫というよりどちらかと言えばハムスターやリスっぽい…それにしても轟くんがようやくそこまで…とブツブツ…と早口で何やら言っているがよく聞こえない。


「…緑谷?」
「っあ!ごめんね、それでその… みょうじさんがどうしたの?」


声を掛けると緑谷が慌てた様子でようやく話を聞いてくれるらしい。


「どうってことはないんだが。…あいつ個性のコントロール出来るようになってきてるけどまた何か理不尽に教師やクラスの奴から見られてねえか心配っつーか…」
「みょうじさんの個性か…確かに、大変な個性だよね。」

緑谷も気に掛けているらしい。


自分の感情が他人に分かってしまうと言うのは、それが負の感情だった場合、自分も相手も気持ちの良いものじゃないだろう。
世の中にはついた方が良い嘘というものも存在する。
それが所謂お世辞というものだ。

それが全く通じないというのは、普通の女の子にとっては辛いものなのだろうと思った。

今まで何かと問題も起こったんじゃないだろうか。
例えば友人関係でも今まで苦労してきたように見える。
みょうじはいつも笑っているが、人と接する時の表情はどこか不安気だ。

だから何か力になりたいと、そう思った。


「声を掛けていいもんか…悩んでる」
「みょうじさん、嬉しいと思うよ!」
「そうだと、いいんだが」


緑谷は嬉しそうだった。
うんうん、と大袈裟なほど大きく頷いている。


「それに、轟くんはみょうじさんのこと可愛いって…思ってるんだよね?」
「そうなるな」
「じゃあ、やっぱりみょうじさん喜ぶよ」


何を根拠に緑谷がここまで言ってくれるのかわからない。
が、緑谷が言うならそうなのだろうとも思った。


「じゃあ、僕は帰るね」
「おぉ、悪かったな」


にこと緑谷が笑って教室のドアを開けた。
ふいに目の前を通り過ぎていく二人の人物。



さっきまで話題に上がっていたみょうじと…


知らない男子生徒だった。



11 可愛いと思ってしまう
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