このままではいけない。
叶わない恋をしている場合ではないのだ。
看護師になるのは難しい。
特に看護師向きの個性を持たない私はかなり頑張らないといけない。
対して轟くんは、ヒーロー科でも頭一つ抜けている未来を有望視されている存在だ。
没個性で普通科、なんの取り柄もない私とは生きる世界が違う。
分かってる、分かってるけど…。
「また見てる」
「っ!」
目線が、目立つその頭を追ってしまう。
私は彼を見つけるのがとても得意だ。
たとえ彼の髪が黒でもきっと見つけてしまうだろう。
「み、みみ見てないよ」
「嘘だ、見てたよ!」
くすくすと友達が笑う。
学食の時間は、数少ない轟くんを見かけることができる場所。
私はクックヒーローランチラッシュの作ったであろう手元のお盆…ざる蕎麦に目を落とす。
いつの間にか、彼の好きな食べ物を選んでいた。
はあ、とため息ひとつ。
こんなことして何になるのだろう。
「なまえ、こっちこっち」
友達が取って置いてくれたいつも座っている席に着く。
「ありがとう。食べよっか」
「うん」
気付くと斜め遠くに轟くんが緑谷くんたちと座っていて、その様子を盗み見ることができる。
…これではまるでストーカーみたいではないか。
私はまたため息ひとつ。
それを見た友人は苦笑する。
「別に、好きでもいいじゃん」
「良くないよ。だって相手は…ヒーロー科だよ?」
「まあ…でもほら、同じヒーロー科の上鳴くん?だっけ?普通科の女の子に声掛けまくってるし」
「あはは…」
お蕎麦をずると食べる。
美味しい。
彼がよくお蕎麦を食べていることはいつも見えてたから知っている。
好きなんだなあと少し可愛く思う。
ふと、斜め遠くを見る。
「!」
私は驚いてその視線をお蕎麦に戻す。
どき、どき、と一瞬で心臓が高鳴る。
今…目が合った…?
いや、気のせいだ。
「ねえ、なまえ」
「うん?」
友達が親子丼をつつきながら伏目がちに、でもどこか楽しそうに聞いてくる。
「もし…轟くんがなまえのこと好きだって言って来たらどうする?」
ごふっ、とお蕎麦が出そうになる。
「っっ!?あっ、ああありえないよ!」
なんとか抑えて息絶え絶えに否定する。
「そんなに力いっぱい否定しなくても…何か前見たときはいい雰囲気に見えたのに」
「そんなこと…」
「それにさ、最近個性出なくなったでしょ?それって轟くんのお陰なんだよね?」
「うん…一緒に考えてくれて、アドバイスしてくれた」
友達は一瞬考えてから、「何とも思ってない女の子にあの轟くんがそんなことするかなあ」とまるで今日はいい天気ですねと日常会話でもするかのように呟く。
その言葉は日常会話にしてはずしりと重かった。
轟くんが、そんなことするだろうか?
分からない。
だって、よく知らない。
きっと緑谷くんだったら、する。
私が個性のコントロールが出来なくてと言えば絶対に手助けしてくれる。
この間に親しい、親しくないという関係は必要ない。
緑谷くんはきっと誰にでもそうする。
でも、轟くんは?
親しくない相手に同じように接するだろうか?
私は残りのお蕎麦を口に運ぶ。
味なんていつの間にかよく分からなくなっていた。
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10 それは、特別?