目が覚めると、私の額には包帯が巻かれていた。
ハッとして起き上がる。

「なまえ!」
「なまえお姉ちゃん!?」

真幌ちゃんと活真くんが側にいた。
聞くと、お医者さんが見てくれたようだった。

周りにはプロヒーローや自衛隊の人たちが来ていて、島民たちの救助を始めていた。


少し遠くに、倒れている緑谷くんと爆豪くん。
その側にオールマイトがいた。

あぁ、終わったんだ。
ようやく私は心から安堵した。
それと同時に、目から涙が溢れ出す。

私は真幌ちゃんと活真くんを抱きしめる。


「怖かったね、頑張ったね!偉いよ!」


二人は小さく…うん、と呟いて私の背に手を回してくれた。







「焦凍くん」


ちりん、と薄いガラスが重なったような音。


「焦凍くん…」


俺の大好きな、なまえの綺麗な声が聞こえた。
頭の下に暖かく柔らかい感触。


そっと重い目蓋をこじ開ける。
ぼろぼろと涙を零しながら、心配そうに俺を覗き込み、それでも少し不格好に笑う愛しいなまえ。


「ん…何だ、泣いてるのか」


俺はその頬にそっと手を触れる。
そして親指でその涙を拭ってやる。
なまえはくすぐったそうに少し身を捩りながら、甘えるように擦り寄る。


「ほら、また会えたな」


俺がポケットから貰ったストラップを見せる。
なまえも同じようにストラップを取り出して微笑んだ。

「うん、会えた。焦凍くん。…お疲れ様」
「ああ、なまえも…お疲れ」


なまえの整った顔が、そっと近付いてきた。
髪がさらりと肩口から流れて、なまえはその横髪を耳にかける。
そしてそっと、唇と唇が触れた。
なまえの甘い匂いがふわりと鼻腔をくすぐって、幸せな気持ちでいっぱいになった。








「私、逢わせ硝子の伝説の女の人の気持ち、少しわかった気がします」


今回の事件、島の人たちを守り切ることはできたが、その被害は小さくなかった。
ヒーロー公安委員会は即座にプログラム中止を決定したけど私たちは期日まで島に残り、復興作業のお手伝いをさせてもらった。


そして私はバラバラになってしまったガラスを直すため、硝田さんのガラス細工店へと顔を出していた。


「サンドリヨンちゃんも乙女だねぇ」


硝田さんはからかうように笑いながら、品物たちを集めていく。
私はそれを個性で元の形に戻していく。


「乙女…ですかね」


ヒーローとして、自分が戦地に赴くのは、当たり前のこと。
だからどっちかというと私たちヒーローは男側の気持ちの方がよく分かるかもしれない。

でも今回は、お互いが別々の戦いに向かった。
伝説の女の人のように待ってるだけではなかったけれど、きっと彼女も…好きな人のことを信じて逢わせ硝子をお守りのように握りしめていたのかなって。

そしてまた会えた時の嬉しさはきっと…


「さて、一通りガラスも直し終わりましたかね」
「サンドリヨンちゃんのおかげでこの店のガラス物は大体元通りだよ、ありがとね」
「いえいえ…!それでは」

私はガラス細工店を後にし、まだまだたくさんあるこの島の全ての割れたガラスを元どおりにしに駆け出した。







そして、プログラム終了の日が訪れ…


「何も黙って帰ることなくねぇ?」
「ねー」
「うん…」

上鳴くんと三奈ちゃんが目を合わせて言う。
私も後ろ髪引かれる思いで、船から島を見渡す。


「復興の邪魔をするわけにはいかない」


飯田くんの言葉に、私たちは納得する。
そして、周りで顔を見合わせてニッと笑う。

「まっ、黙って立ち去るのも」
「ヒーローっぽいか!」
「ええ」
「だねっ!」

私は隣に立っていた焦凍くんを見上げる。
焦凍くんは優しく微笑んでくれた。

「この島や皆ともお別れだね…楽しかったなあ、ヴィランとの戦いは大変だったけど」
「そうだな… 」

この島で起きたこと。
私はきっと忘れることはないだろう。

短い期間ではあったが、それだけたくさんの経験をして、自分の出来ること、出来ないことを痛感した濃密な時間だった。
まだまだ強くなる必要がある。

隣にいる、この人と、一緒に。

ちら、と焦凍くんを見上げる。
すると視線が交差して、心臓がどきりと音を立てた。


「なまえ、大丈夫か?…ほら、日陰に入れ」
「大丈夫だよ、本当に。あの時はごめんね、驚いたよね」
「まぁ…心配はした。頼むからあんま無茶しないでくれ」

ぽん、と頭に手を置いて、なでなでと私の髪を優しく梳いてくれる。
そして少し心配そうな表情で私の顔を覗き込む。
端正な顔立ちが物凄く近くて、ついドキドキしてしまう。


…あの戦いの後、私は常闇くんと三奈ちゃんのいる洞窟に戻るとホークスが居て、三奈ちゃんも助け出される最中だった。
だからそのまま二人をお願いして、焦凍くんの元へ行くと、そっちにはまだ救助が来ておらず、私は倒れてる皆の安否を確認してから焦凍くんに声をかけた。

…でもその後、色々な無理が祟って私の方が倒れてしまったので焦凍くんは内心めちゃくちゃ焦ったそうだ。申し訳ない。

それでも、クラスメイト誰一人として命に関わるような大怪我をしなくて本当に良かったと思った。

私は多量の出血で輸血を余儀なくされたが、それ以外は個性の使いすぎというだけで、ほんの暫くの安静ですぐに元気になった。


私の注意不足や力量不足は否めない。
これからもまた強敵が現れるかもしれない。
その時に今度はもっと役に立てるように。
焦凍くんに心配かけないようになれるように。


もっともっと頑張ろう。



ぼぉーー、と汽笛の音が響いた。
船の出航だ。

私は生温い海風に靡く髪を押さえながら、島を見つめる。

たくさんの経験を、ありがとう。
そんな気持ちを込めて。



「おーーい!」
「おーーーい!!」


声が聞こえた。
小さな二人が手を振りながら走ってくる姿が見えた。
真幌ちゃんと活真くんだった。


「デク兄ちゃーん!!」
「バクゴー!」
「「みんなーーーー!!!」」


私は二人に笑顔で手を振る。


「島の人たちを守ってくれて」
「「ありがとー!!」」


うる、と涙腺が緩む。
何だか、最近涙腺が弱くなったのかもしれない。
ヒーローは、こんなことで泣いてちゃいけない。
笑顔で安心させなくちゃいけないのに。

だから私はぐっと堪えて、笑顔で手を振り続けた。


「デク兄ちゃん!僕、強くなるね!お父さんとお姉ちゃんを守れるくらい強くなるから!」


あの自信なさげだった活真くんから、そんな言葉が出てくるなんて。
私は嬉しくなった。
きっと、なれる。活真くんなら!


「そして、デク兄ちゃんやバクゴーさんみたいなカッコいいヒーローに絶対なってみせる!」


走りながら、活真くんはそう宣言する。
そして隣を走る真幌ちゃんもその表情は晴れやかだった。


「活真くーん!君は…君はヒーローになれる!!」


緑谷くんが大きな声でそう叫んだ。
活真くんの瞳が大きく見開かれ、煌めいたように見えた。


「雄英で待ってるー!!」


爽やかな風が、船から吹き抜けた。
熱い太陽がきらりと光って、眩しくて一瞬目が眩んだ。

船は少しずつ速度を早め進んでいき、真幌ちゃんと活真くんを小さくしていく。



笑顔の二人を、島に残して。



5話
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -