ぴちょん、と雫の溢れる音。
陽射しの届かない洞窟。

私はゴツゴツとしていて若干湿っぽい影となる場所にサポートアイテムを抱き抱えながら身を隠す。
少し遠くに同じようにして隠れている三奈ちゃん。
そして下には常闇くん。


落ち着くために小さく深呼吸。
このポイントにうまく誘い込めていれば、ヴィランがやってくるのはそろそろのはず。


その時、地上から何かが降ってきた。
ズドンと鈍い音をさせ着地したそれは、岩を切り刻み、姿を表す。


あの赤い髪のヴィランだ。


三奈ちゃんが個性で、氷柱のようになった天井の石に酸をかける。
それがヴィランに降り注ぐ。
しかし寸前のところで全て避けられてしまう。

「しくった!なまえ!」
「うん!」

しかし体制が崩れたところで私の番。


「バズーカ砲…ガラス弾!!」


ヴィランに狙いを定めて…打つ。
バズーカの反動で身体がよろけて尻餅をついた。
私はすぐに体制を立て直す。

ガラス弾によって爆音。さらに砂煙がもうもうと立ち込める。衝撃で洞窟が揺れた。
岩の塊がヴィランに落ちていく。

しかしそれをも切り刻み、赤髪のヴィランはまた姿を現した。

「くっ!」

私はサポートアイテムを抱えてまた身を隠す。


「芦戸、みょうじ。後は任せろ。ここは俺の世界だ」







「あはははは!何が"俺の世界"よ!」

ヴィランに防戦一方になっている常闇くん。
こうも近接戦で動かれると、ナイフを投げることもサポートアイテムの銃も常闇くんに当たってしまうかもしれない。
今はぐっと堪えて、私はチャンスが来ないかと隙を伺う。


「威勢の良いこと言って」

ヴィランの素早い攻撃。
髪だけでなく、体術まで駆使してくる。
それを器用にかわしていくが、どんどん。圧され始めている。
手数は向こうのほうが上…!!

一瞬でいい…

隙を…!!


「哀れね」
「くっ…!深淵闇駆"夜宴"(ブラックアンク・サバト)!」

抉るような攻撃。
常闇くんの必殺技が入った!
隙が出来た!!


「今だ!」
「アシッドショット!!」


三奈ちゃんの必殺技、アシッドショット。
酸を噴出すると、ヴィランの髪が溶けていった。


「みょうじ!!」
「弾込めておいたよ…バズーカ砲…ガラス弾!!」


一発、その自慢の髪にガラス弾を放つ。
ズシンと鈍い音がして、ヴィランに命中した。
ヴィランはその動きを鈍くさせ、ほとんど意識朦朧としている。


「ぐっ…よく、も…!」


髪への恨みなのか、最後の力を振り絞って髪が針のように私や三奈ちゃんに降り注ぎ襲いかかる。
私たちは走りながらジャンプしたり身をよじりかわし、私はガラスで盾を創造しその攻撃から身を守ったが、三奈ちゃんは足に攻撃を受けた。


「あああっ!!!」


三奈ちゃんが頭で転がり落ちる。


「三奈ちゃん!!」
「芦戸!!」


私と常闇くんが駆け寄る。


「貴様ぁぁぁあああ!!」


常闇くんの怒りで、ブラックシャドウが暴れ出した。
私は慌てて三奈ちゃんを安全なところまで抱えて目の前にガラスの壁を作り出し、攻撃された箇所を見る。

三つの針となったような髪が太ももに深く突き刺さって血を流している。
私はそれを優しく抜くと、ウェストポーチから包帯を取り出して巻いていく。
三奈ちゃんは玉のような汗を流しながら、私の腕をとんとんと突く。


「常闇を…止めてあげて…」
「…!三奈ちゃん…わかった」


ズシャァ!と音がした。
少し遠くでブラックシャドウがヴィランを捕まえて壁へと何度も打ち付けている。
ヴィランはもう気を失っているようだった。


「常闇くん!落ち着いて!!」


ダークシャドウの攻撃によって脆くなった洞窟の壁が目の前に落ちてきた。
土煙が立ち上っていたせいで感覚が鈍くなっていた為、落ちてくるもう一つの小さな岩に気がつかなかった。


がん!と鈍い音がして、左のこめかみ辺りにぶつかった。

「…っう、」

生暖かいものがぽたぽたと落ちていく感触。
しかし未だダークシャドウが暴れている。


光を…光を当てなくては。


でも私は爆豪くんや焦凍くんのように炎は出せない。


ふと、空を見上げた。
ダークシャドウの攻撃により先ほどより広くなった視界。
一瞬だけ、物事がクリアに考えられた。


「ガラス、創造」


大きな虫眼鏡の形をしたそれを作り出す。
ガラスに光を集めて、光をダークシャドウへ当てる。
ダークシャドウが暴れ回り、周りの壁や岩が自身に向かって落ちていく。
そしてそのまま、大人しくなった。


昨日も頭をぶつけた為か、頭がふらふらして、思わず座り込んだ。
私が作り出したガラスが落ちて、割れる音がした。
ふとその破片を見つめる。


「…焦凍くん……」


逢わせ硝子を思い出していた。
…そうだ、フラフラするけど。
立てないほどじゃない。
こんなことで足を止めちゃいけない。

常闇くんの無事を確認していない。
まだヴィランがちゃんと気絶してるかも確認していない。


「常闇、くん!大丈夫?常闇くん!」


瓦礫の下に声をかける。
唸るような、常闇くんの声が聞こえてきた。

「みょうじ…すまなか、った…」
「!待ってて、今助ける…っ」

瓦礫を一つずつ退かしていく。
重い。
出血過多のせいか指先が、痺れる。


「いい、大丈夫だ…」
「常闇くん!」

瓦礫をもう一つそっと取り上げると、常闇くんの顔が見えてホッとした。


「このままでいい、芦戸はどうした?お前はまだ動けるのか?」
「三奈ちゃんなら平気。足に怪我してるけど、大丈夫だよ。私もまだ、動ける!」

なら、と常闇くんが目を閉じて深く息を吐いた。

「お前の力を必要としてる奴が居るかもしれない。助けに行ってやれ」
「え…でも…でも、常闇くんと三奈ちゃんを置いて行けないよ…!」

遠くから、三奈ちゃんの声が聞こえた。

「なまえ…行って!あたしなら平気、だからっ」

私は俯いてじっと考える。
それから、ヴィランの姿を確認する。もう気は失っていたが、一応ガラスでその体をがんじがらめに拘束すると、立ち上がり空を見上げ、耳を澄ます。

遠くでまだ、音がしている。

まだヴィランが残っているということだ。


私は額の血を拭って、拳を握った。


「常闇くん、三奈ちゃん!終わったら絶対に戻ってくる!!」

おう、うん、と二人の満足げな返事を聞いて、私は駆け出した。







空が禍々しい色に変わっていた。
あちこちで雷が轟き、炎柱が渦巻く。

これは、あの個性複数持ちのヴィランの力なの…?

私は城跡を登る。
途中で倒れているクラスメイトたちを、見かけた。
どれだけ頑張ってくれたのだろう。
痛々しくて、胸がいっぱいになって涙が出そうだった。
ぐっと堪えて、今出来ることだけを考える。
一人一人の呼吸を確認して安堵し、優しく寝かせ、私は目的地へと急ぐ。



城跡前には、もう避難者たちが集まっている洞窟近くまであのヴィランが迫っていた。

緑谷くんと爆豪くんが、ヴィランの個性の一つに捕まり動けない状態になっている。
遠くに活真くんと真幌ちゃんが見えた。
活真くんが気を失っている障子くんに個性を使いながらも、二人の戦いを泣きそうな顔で見つめている。


「活真くん、真幌ちゃん!」


私は二人に向かって駆け出す。
今、この二人を守れるのは、私しかいない…。
私の個性じゃ、アイツに敵うとは到底思えない。
それでも。
逃げ出すなんて出来なかった。


「なまえお姉ちゃん!」
「なまえ…」


私は二人を背に、守るようにしゃがむ。
二人の震える私を呼ぶ声。


…守らなきゃ。


何としてでも、絶対に。


そしてコツコツと近付いてくるヴィランを睨む。

私はガン!と地面を殴りつける。
それと同時にヴィランの周りに鋭いガラスが取り囲むように現れる。
ヴィランはそれをレーザーのような個性で一蹴する。
それでも私は何度も何度もガラスを地面から出して攻撃を続ける。


「無駄だ。さっきの奴らの方がまだ骨があったぞ」
「無駄でも何でも…やるしかないんだから!!」


叫びながら、鋭利な巨大ガラスが地面を抉るように出現しては楽々と壊されていく。
私の心を折っていくように淡々と続けられる。

何度も。
何度も何度も何度も。

それでも絶望しちゃいけない。


折れない。
私の心は、こんなことじゃ折れないんだから…!


プルス、ウルトラ…!!!


「あぁぁああっ!!」


叫びながら、攻撃を続ける。

個性を使いすぎた。
身体が震え、こんな体制ですら保てなくなりそう。
頭がぼんやりする。

直感的に、最後の攻撃だと思った。



最後に最大出力。



入試の時の、仮想ヴィランを倒したより更に大きな

超巨大ガラスを……!!!



「ふ、んんっっ!!!!!」



地面に手をついて、最後の力全てを注ぐ。


「これが私の、今出来る最大…っ!!!!」



ヴィランの真下を、超巨大な鋭利なガラスが地面を割ってけたたましい音を響かせながら現れた。
禍々しい空の光に当てられて輝いたそれを見届けて、朦朧とする意識の中、私の攻撃を喰らってなお立ち上がるヴィランの後ろに、眩いオーラを体に纏った緑谷くんと爆豪くんの姿が見えた。


「… みょうじさん、あとは任せて」
「俺がぶっ殺す」


二人の、そんな声にホッとして、私の意識はそこでぷつりと途絶えた。



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