例えば私がこの気持ちを言葉に出来たとして
それを聞いた彼はどう思うのだろう。

想像してみた。
きっと本気になどしてくれず、俺も好きだと冗談まじりに笑うだろう。
それを見た私は心を痛めながらも苦笑して、だよね、とか言っちゃうんだろうな。

斜め前の席に座る黄色い髪を眺めながら、くるりとシャーペンを回す。
ころん、とそれは失敗してノートの上に転がった。


ふと制服のポケットに入れていたマナーモードのスマホが震えた。
私は先生にバレないようにこっそりと取り出して、タップする。

『放課後付き合って』

というメッセージが送られてきていた。
私が猫のスタンプでOK!と送ると相手からもまたスタンプが送られてきて、それを見てスマホをしまう。

斜め前の席の黄色い髪が少し揺れて、横顔が見えた。
私に向かってニッと笑って、すぐに前を向く。
こんな小さな動作一つに私の心が躍るのを感じて、もう末期だなと苦笑した。







「どこに行くの?」

放課後、私は上鳴の席まで行くと待ってましたと言わんばかりに彼は胸を張る。

「CD買いに!アーティスト発掘したいんだよな。今ハマってるのも良いんだけどさ、マイナーな奴見つけたいの」
「CDなら…耳郎ちゃんのほうが良くない?」
「あーダメダメ。耳郎に教えて通ぶりたいんだって」
「あ、そ」

私は短く返事してそっぽ向く。
上鳴が耳郎ちゃんと仲良いのは知ってるし、私自身二人はすごくお似合いだとも思っている。
けれどやっぱり面白くないものは面白くない。


二人で学校を出て、街まで行く。
駅前にはよく行く少し大きめのCDショップがあって、そこにはインディーズバンドも揃えてあり、上鳴はそれが目当てのようだった。
インディーズバンドの棚を何度か行き来し、ジャケットを見比べて視聴する。

「みょうじ、来て来て」
「うん?」

ヘッドホンを付けていた上鳴が、少し離れて違う棚を見ていた私を呼ぶ。
私は素直に彼に近づいていく。
するとヘッドホンを外して、それを私の耳に当てる。
急にそんなことをされたものだから少しだけ驚いた。

ヘッドホンからはギターとピアノが印象的な爽やかな雰囲気を感じるラブソングが流れてきた。

少し、いい感じかもしれない。

しばらくして上鳴が私からヘッドホンを外してどうよ?と笑った。
私は頷いて、良かったと素直に答えた。

「じゃあ俺これ買ってくるわ!これは久しぶりにいいバンド見つけたかもな!明日耳郎に聞かせてやろっと」

にしし、と楽しそうに笑いながらレジへ向かう上鳴を見送って、私は他のお客さんの邪魔にならないようにCDショップから出てすぐのところで待つ。

しばらくして目の前に影が降りて、上鳴が来たのかと思って見上げると知らない男の子が立っていた。

「君、このCDショップから出て来たよね?音楽とか聴くの?」
「え?はあ、まあ…」

何だろう。ナンパ、なのだろうか。
顔は整っているがニタニタとした笑顔がどこか受け付けない。
私はそっけない返事を返して再び俯く。

「俺バンドやってんだよね、良かったら聴きに来ない?後でスタジオ借りてレコーディングするんだ」

彼は背中に担いだギターケースを指差す。

「いえ…結構です」
「そう言わずにさあ、聞いたら絶対ハマるから!俺たちのバンド超オススメだよ?」

面倒くさいな、と思った時ふと隣に人の気配を感じた。それと同時に肩をぐいと寄せられて、ふわりと嗅ぎ慣れた香水の匂いが鼻腔をくすぐる。

「すんません。こいつ俺のツレなんスけど、何か用っスか?」
「…あ…」

上鳴に肩を抱かれていると気付いたのはそれからだった。
頬が一気に紅潮して熱を持つ。

「チッ男連れかよ。大人しそうな顔しやがって」

男は吐き捨ててCDショップに入っていった。
それを見送ってから、上鳴がぱっと手を離し、ぽりぽりと鼻先をかいた。

「悪い。触ったりして」
「…え、ううん…助けてくれて、ありがとう」
「いや…はは、つーかビビったわ!店から出て来たらみょうじナンパされてるし?っはー、手ェ出されなくて良かったー」

ほっと安心したようにため息を吐く上鳴。
そういうこと言うからヘタレのレッテル貼られちゃうんだよ。黙ってれば格好良いのに。

「んじゃ、行くか」
「うん」

二人歩き出す。
付き合ってくれたお礼にと上鳴が近くの店でタピオカを奢ってくれて、それを飲みながら街を見て歩く。

流行り物が好きな上鳴らしく、タピオカを堪能しながらぶらぶら歩いてお店をのぞいてはああでもないこうでもないと他愛のない話に花を咲かせる。
こんな気楽な関係が私は好きだ。
でも、時々切なくなる。

だって彼は私のものじゃないから、いつかは誰かのものになってしまう。

嫌だな、と思った。


ふと小さなジュエリーショップが視界に入って、そのショーウィンドウにペアリングが寄り添うように飾られていた。

少し憧れていた。
好きな人と同じ指輪を、左手の薬指にはめるのを。

私がそれを眺めていると、気付いた上鳴が声をかけてくる。

「へぇ、みょうじって案外女の子らしいとこあんじゃん。ペアリングなんて興味あったんだな」
「私だって乙女ですよ、そりゃ女の子はこう言うの憧れるに決まってるでしょ?」

上鳴が悪い悪いと笑う。
何も考えてなさそうな顔で。


「もしこれつけてたらさ、さっきみたいにナンパなんてさらないで済んだのかな」
「んぁ?どうだろ…指輪まで見てっかな」
「…一緒にそれをつけてるのが上鳴だったりして」

冗談交じりにそう言って笑う。
上鳴からは何の反応もなくて、不審に思って見上げると、真っ赤な顔をした上鳴が私を見て固まっていた。

そんな上鳴を見た私もじわじわと顔に熱が集まって、どうしたらいいか分からずにふいと視線を逸らす。


「…た、例えばの話だよ」
「だ、だよな!あはは、は…」


二人顔を赤くして、お互い目を合わせようともせず帰る様は、きっと滑稽だっただろう。



たとえばのおはなしだよ
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