思えばみょうじを意識し出したのはいつのことだろう。
推薦入試の時に道に迷っているのを声かけたことがあった。何で俺はあの時助けようなんて思ったのだろうか。
あの頃の自分は常に苛ついていて、雄英に入って、そこで経験を積んでヒーローになることしか考えていなかったはずだ。
けれど道の真ん中で受験票手にふらふらしてる女が気になって仕方がなかった。
俺が声をかけると力のない大きな瞳が俺を見上げた。
その時少し違和感を感じた気もしたがよく思い出せない。
その後の入学の日、俺は教室に入って来て俺の席の方へ真っ直ぐに歩いてくる女に目を奪われた。
長く青みがかった黒髪を、ふわりと靡かせ伏し目がちだった瞳が俺を見て大きく見開く瞬間がやけにゆっくりに感じた気がした。
どこかで会った気がした。思い出せなかったけど。
夜空のような綺麗な瞳が、俺を見て微笑んだ。
その時、俺の心臓が少しだけ跳ねたんだ。
推薦入試の時はありがとう、と形の良い唇が近い距離まで詰め寄ってきて、俺にお礼を告げた。
どこかで会ったか、と聞いてすぐ思い出した。
あの時道に迷ってた女だ。
みょうじなまえと名乗った女が、苦笑気味に隣の席に座る。
ふわりと果実のような甘い匂いがして、どきりと心臓が大袈裟に音を立てたのはよく覚えている。
その後の個性把握テストでは、俺の個性によく似た使い方をするので驚いた。
個性はガラスらしいので見た目は少しだけ似ているが全く違うもののようで、ガラスで様々な形のものを作り出しテストをこなす様は八百万にも少し似ていた。
みょうじの動きをじっと見ていると目が合って、それに気付いたみょうじがへにゃりと笑ってピースした。
太陽に照らされ、汗がきらりと光って、みょうじがすごく眩しく見えた。
今思えばみょうじを意識し出したのはこの頃じゃないかと思う。
知り合って割とすぐなんだなと思うと苦笑する。
その後もみょうじを知れば知るほど気になる存在になっていった。
いつも気が付くと俺の側に居て、俺を守ろうとするみょうじに、俺は情けなくも助けられてばかりだったような気がする。
それは身体だけじゃなくて心も。
みょうじの境遇を知ってからは、更に疑問でいっぱいになった。
辛い過去があるにもかかわらず、いつも笑って人の為に動くみょうじが羨ましくてすげぇなと思ってた。
けど神野に爆豪と一緒に拐われた時、俺は思った。
あいつは自分を犠牲にしてでも誰かを助けようとする危うさがある。
緑谷と少し似てるけどちょっと違う気がするそれは、俺を不安にさせた。
今度は俺が守りたい。
好きな奴に、格好良いとこ見せて守りたいんだ。
そう気付いた時には居ても立っても居られなかった。
早く助けに行きたい一心で。
「轟くん」
目の前に座っているつん、とみょうじが俺の頬を優しくつついて笑った。
「あ…悪ィ、考え事してた」
「いーよいーよ、ところでここなんだけど…」
数学の教科書を指差して、みょうじは俺を上目遣い気味に見上げる。
「焦凍、だろ」
「あ…う、焦凍、くん」
顔を赤くしながら何度か口をぱくぱくさせて、観念したように俺の名前を呼ぶ。
それに満足した俺はふと笑う。
「ん。…で、何だ?」
「ここ…公式使ってみたけどよく分かんなくて」
応用か。
相変わらずみょうじは数学が苦手だな。
教えてやるとそっか!とすぐ理解して解き始める。
「… なまえ」
小さく名前を呼ぶと、みょうじの肩が大袈裟に跳ねて、顔を赤くして俺を見る。
「な、なに?」
「いや…呼びたくなっただけだ」
「し、心臓に悪いよぉ…」
へにゃりと笑う。
みょうじのこの笑顔が、堪らなく好きだ。
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