煙が晴れていく。
私はまた違う家に立っていた。
「…どこ、ここ…?」
広いリビング。
大きな窓ガラスに近づいて行く。
夜景が広がっていてキラキラとした街並みが綺麗だ。
リビングをぐるりと見渡しただけでもかなり高いマンションであると理解できる。
ふと、サイドボードに目を移すと、二足揃ったガラスの靴の隣にシンプルながらも華やかな装飾のフレーム付きの写真が飾ってあった。
「……!!!」
私はその写真を見て、思わず自分の持っていたガラスの靴を落としそうになる。
だって、その写真にはーー…。
ガチャ、と音がしてマンションのドアが開く。
すると大人っぽくなって少しだけ身長も伸びた轟くんが目を丸くして私を見ていた。
靴を脱いで家に上がって来た轟くんが私を見下ろして、ああ、今日だったのかと納得したように頷く。
「なまえ、えーと…驚いたか」
なまえ!!???!
名前で呼ばれた事が今まで一度もなかったのでびっくりして顔が熱くなっていく。
大人びた轟くんはさらに格好良くなっていて、その眼差しでじっと見られると私みたいなちんちくりんが目の前に立っていて良いのか不安になる。
「あ、の、轟くん…わ、私たちって…」
「ああ、結婚してる」
「っ!!!」
さすがにキャパオーバーになって私の頭はショートした。焦凍だけに。なんちゃって。
「まだ"轟くん"なんだったな」
懐かしそうに大人の轟くんがくつりと笑う。
うわあ、格好良すぎない!?素敵すぎない!!!??
「た、たまに…呼ぶよ…二人きりの時とか…」
「ふうん…じゃあ今呼んでくれねえか」
「えっ!」
「二人きり、だろ」
「あ、う…」
大人になって少し意地悪になったのか、その瞳が嬉しそうに私を映している。
そして私が名前を呼ぶのを待っているのが分かって、私は観念する。
「焦凍、くん…」
「、」
轟くんが少し身動ぎする。
そしてそわそわとしながら私を見下ろして一言「抱きしめてえ」と言った。
さすがにまずいと思ったのか抱きしめられはしなかったけれど。
「なまえ」
「は、はいっ」
轟くんが私の手に触れた。
そして優しく包み込む。
私の時代の轟くんよりゴツゴツと大きくなった手のひら。でも暖かさは変わらず少しホッとする。
「これからたくさん大変な事もあると思う」
「…うん」
「俺も仮免一度落ちるような馬鹿野郎だしな…けど…いつまでも俺と一緒にいて欲しい」
「…ふふっ」
私が笑うと、轟くん意外そうに目を見開く。
「当たり前だよ」
そう言うと、私はまたぼふんと煙に包まれた。
轟くんが「頑張れ、なまえ」と最後に呟いた。
▽
目の前に座っていた10年前のみょうじが、煙が晴れると今度は10年後のみょうじに変わっていた。
何を編んでいたのか、膝の上には黄色い毛糸と、毛糸を編む用の棒を二つ持って目を丸くして座っていた。
「…えっ」
みょうじは周りを見渡して、驚くクラスメイトたちの顔を見ていく。
そして最後に俺の顔を見るとふにゃりと笑った。
「あ、もしかして個性事故の奴?」
「うわあ!今度は10年後のみょうじになった!」
「なまえちゃん!何編んでるのー?ていうか編み物出来るんだ!」
「すごい!ていうか少し大人っぽくなったねー!」
10年後のみょうじは、あまり変わってないように見えるが大人っぽさを兼ね備え、更に綺麗になっていてなかなか直視出来ない。
女子たちがワイワイ話をしているのを遠くから眺めていると、大人のみょうじが俺に近寄る。
「どうしたの?焦凍くん」
ポケットにはみ出てるが毛糸と棒を仕舞い込んだみょうじが、上目遣い気味に俺を見上げる。
それより、焦凍くんと自然に呼んでくれていることに驚きと嬉しさとその他諸々の感情がごちゃ混ぜになり心臓が鷲掴みにでもされたようだ。
「いや…悪ィ、みょうじが綺麗になってて…直視出来ねえ」
「ふふっ…変わらないなあ」
洗練された綺麗な動作でみょうじがくすくすと笑う。
大人になった色気、というものだろうか。
何だか艶かしく感じて視線を逸らしてしまう。
「…何編んでたんだ?」
「ん?んー…これはねえ…」
言おうか迷った挙句、みょうじはふふっと笑った。
「やっぱり内緒。教えたらつまらないもんね」
「?」
「焦凍くん」
「おお」
「これからも私をよろしくね」
ぼふん!とまたみょうじが煙に包まれる。
そしてしばらくして煙が晴れると、見慣れたみょうじが煙たそうに片手でぱたぱたと煙を払いながら立っていた。
「…轟くん!」
俺に気付いたみょうじがふにゃりと笑う。
さっきまでいた大人のみょうじとその笑顔が重なって、どきりと心臓が音を立てた。
「あ、寮だ!戻って来たんだね!」
嬉しそうに笑うみょうじ。
俺は思わずみょうじを抱きしめる。
「え、わ、と、轟くん?」
恥ずかしそうに顔を赤くした可愛いみょうじが、俺を見上げる。
「今も10年前も10年後もその先もずっとみょうじが好きだ」
「…っ」
みょうじが照れ臭そうに笑う。
そして壊れやすいものに触れるかのように優しく愛しそうに俺の頬に触れる。
「私も、大好き」
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個性事故 後編