「みょうじ!」


みょうじがインターン先で個性事故に巻き込まれたと聞いて慌てて帰ってくると、クラスメイト達が共同スペースのソファの周りに集まっていた。
ソファには麗日とその隣に小さな女の子が座っていて、その面影に違和感を感じる。


「…… みょうじの妹か?」
「ぶふぉ!轟くんちゃうよー!」
「轟くん!この女の子がみょうじさん本人!敵の個性で10年前と入れ替わっちゃったんだって!」


黒髪のミディアムロング…つまり今の時代のみょうじより少し髪の短い女の子は、不思議そうに俺を見上げる。
みょうじ、10年前も可愛いな。


「…わたしのおともだち?」
「轟は友達ではねーよなあ」
「そうだねー」


クラスメイト達がニヤニヤとしながらそう言うと、みょうじは友達じゃないの…と少し残念そうだった。


「友達じゃねーけど轟とは恋び…」
「待つんだ上鳴くんッ!!未来が変わってしまう可能性がある!あまり滅多なことを言うもんじゃないぞ!」
「それもそうだな!あっぶねー!」
「ははは…」


みょうじは不思議そうにしながら麗日の服の裾を掴む。


「ここにいるみんなは…わたしとなかよくしてくれてますか?」


その言葉に皆が一瞬え、と言い淀む。
みょうじはその様子を見てごめんなさい、と泣きそうな顔になる。
彼女の生い立ちを思い出してああそうか、と一人で納得した。

俺はみょうじの前に行き、片膝をついて目線を同じ高さに合わせる。


「誰もお前のことを嫌ったり悪口言ったりしない。ここにいる皆お前のことが好きだぞ」
「…ほん、とう?」
「ああ、俺は嘘はつかねえ」
「そっか!ありがとう!あのね、わたしのともだちじゃないっていってたけど…10ねんごのわたしとなかよくしてね」
「ああ」


そう言うとぼふん、と煙がみょうじを取り巻いてみょうじの姿が見えなくなった。






「…え?」

私は驚いて思わず部屋を見回した。
私の記憶が正しければ、ここはかつてまだ両親が健在だった頃三人で暮らしていた家だ。

そして私はインターン中に敵に出会して攻撃が少しだけ掠った。それからの記憶が曖昧でよく覚えていない。…と言う事は十中八九敵の個性の影響だろう。


「なまえー?どうしたの?」
「…え…」


懐かしい声に、息が詰まりそうになる。
そしてその姿を目に捉えた時、私は思わず駆け寄って思い切り抱きしめていた。



「お母さん…っ」


お母さんは驚いて料理中だったのか持っていた菜箸を手から落とす。


「もしかして… なまえなの…?」


お母さんが優しく私を包み込んで、少し戸惑い気味に頭を撫でる。


「お母さん…ごめん、びっくりさせて…未来のなまえだよ」


お母さんが亡くなったのは私が7つの頃。
今は何年なのだろうか分からないけれど、お母さんがまだ元気にしてると言う事は10年前くらいなのだろうか。


「敵の個性で入れ替わっちゃったみたいなの…」
「そうなの…それにそのコスチューム…ヒーローをしてるのね?」
「うん、私お母さんの個性で頑張ってるよ」
「凄い!凄いわなまえ」


お母さんが嬉しそうに笑う。


「でも怪我には気をつけて。今回も個性の事故なんて…大丈夫なのかしら」
「うーん…わからない…けど…」


お母さんが少し不安そうにしていると、家のドアがガチャリと開いて、ただいまーとこれまた懐かしい声がした。


「おとう、さ…!!」


靴を脱いでリビングまでやって来た懐かしい父が目を見開く。
母が事情を説明すると父は困ったように笑った。
久しぶりに見るその笑い方は父の癖で、その笑顔を見るのが昔は少し苦手だったことを思い出した。
でも今こうして見るとどうしてかこんなにも愛おしく感じて堪らない。


「さ、ご飯にしましょうなまえ、お腹空いてる?」
「え…私も、いいの?」
「当たり前だろう。君は未来から来たとは言え僕たちの娘なんだから」
「そうそう。遠慮しないの」


母がクリームシチューをよそって、テーブルに出す。
サラダと、母が手作りした懐かしいパンも一緒に。
私は自分の席だった場所に腰掛けて、懐かしい母の料理を堪能する。


それからしばらくして料理を食べ終え談笑していると、母が飾ってあったガラスの靴を片方私に差し出した。


「なまえ。未来のガラスの靴は片方しかないんじゃない?」
「え?…あ…うん、片方しかない、けど…」
「やっぱり」


お母さんが私にガラスの靴を握らせた。
どうしてか分からずに首を傾げる。


「この靴、お父さんとお母さんの大事な思い出の詰まった物なの。大切にして欲しいわ」
「え…どういうことなの、お母さん」
「これは今日、一足早く10年後の貴方に会えた記念に」


…!

そうか、過去のお母さんとお父さんは10年後の私に会ってたんだ…。
だから二足あったガラスの靴は、今日渡したせいで一足になってしまっていたのか。

私はその事に気がつくと少し心が暖かくなった。


母にも父にも、10年後の私の姿を見せられていたことが嬉しくて。
これから程なくして二人とも死んでしまう悲しい運命だけれど、心に刺さっていたトゲが一つ抜けるようなすうっとした気持ちになる。


「ありがとう、お母さん。大事にする…今持ってるのも大事に飾ってあるんだよ」
「そう…」


お母さんが微笑んだ。
お父さんもつられて微笑む。

ああ、なんて暖かい空間なんだろう。

そう思った瞬間、ぼふんと自身から煙が上がって目の前が真っ白になった。


「…っ、」


私が泣きそうなのを堪えていると、お母さんの嗚咽が聞こえた。

そしてありがとう、ありがとうと嗚咽混じりに何度もお礼を言う声が少しずつ遠くなっていく。



…お母さんはもしかしたら…自分が死んでしまう事に気付いてしまったのだろうか。



私はもう掴めないはずのお母さんに手を伸ばす。



お母さん、お父さん。

会えて、嬉しかったよ。



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