二人でタクシーの後ろ座席に乗り込むと、轟くんが自身の家の住所を告げる。


「あ、の、ここから家までってすごく高いんじゃ…あんまりタクシー乗ったことないから分からないけど」
「気にするな」
「半分払わせ…」
「カードがある。大丈夫だ」


轟くんが私に優しく微笑んで、あ、行ってくださいとタクシー運転手の人に言う。


「みょうじは今日からしばらく家で過ごしてもらう。部屋は余ってるからそこを使え」
「えっ!?」
「お前は敵に狙われた身だ。一人じゃ危険だろ」


私は驚いて飛び跳ねそうになる。
いや、確かにそうかもしれないけれど!
だからって轟くんの家に!?


「あの、家族の人には…」
「親父か?親父はほとんど家にいねえからな。まあ今朝は居たけど…居ても無視すりゃいい」
「いや、そういうわけには…」


思わず吹き出しそうになるのを堪えて話を続ける。
"あの"エンデヴァーと同じ屋根の下で過ごして見かけて無視するとかどれだけ偉いんだ私は!?


「冬美姉さんには話してあるし、了承も得た。何より一人にする方が危険だと二人で決めた。あ、後兄もいるけどしばらく帰って来ねえみてえだからそこも気にすんな」
「えーっと…少し頭の中で整理させてね…」
「おお」


私が、しばらく轟家にお世話になる?
轟くんと同じ屋根の下?
冬美さんと一緒にいられるのは嬉しいけど…。

え、でもいいの!?
いいのかな、これって…。


どんどん混乱していく私を見て、轟くんはくつくつと笑った。


「と、轟くん…」
「悪ィ、必死に考えてるみょうじが可愛くてつい、な」
「なっ…」


一瞬で顔に熱が集まる。
両手で頬を抑えて静めようとするが、どんどん体温が上がっていくばかりだ。


「守らせてくれ。みょうじ」
「轟くん…」


轟くんは何か私に対して後悔とか、負い目とかそういうものを感じているようだ。
多分、敵に拐われた時彼に手を伸ばしてその手を掴めなかったことが原因だと思う。


…そんなこと、気にしなくていいのに…。


そう心の中で呟くけれど、本当は凄く嬉しかった。


家に帰っても私の無事を喜んでくれる家族はいない。
それどころか拐われた孫娘の顔一つ見に来ないような祖父が遠くにいるだけ。
私は無理やり当てがわれた分不相応なマンションで一人になるだけのはずだった。


「轟くん」
「ん?」
「…お世話に、なります」


私の言葉を聞いた轟くんが嬉しそうにああ、と頷いて私の頭に手を置いた。







「なまえちゃん!」

タクシーに何時間か揺られてようやくやって来た立派な日本家屋、轟家。
門の前にそわそわした様子で立っていた冬美さんが、タクシーから降りてきた私を一番に抱きしめてくれた。


「冬美、さん」
「良かったよ、無事で!焦凍からも聞いたよ、家にいた方が焦凍もいるし安全だからね。しばらく泊まって行ってね」
「すみません…お世話になります」
「もう!私は妹が出来たみたいで嬉しいのよ、あんまりかしこまらないでね。あっ、準備はもう全部出来てるよ」


タクシーの支払いを終えた轟くんが、門を開けてくれる。


「姉さん、とりあえず中で…」
「あっ!そうね。ご飯とお風呂どっちが先がいいかしら!?お風呂?」
「は、はい…」

冬美さんは私の手を引いて家の中へ連れて行ってくれる。


「不謹慎でごめんね、でもなまえちゃんが無事に帰ってきてくれて家に来てくれるのが本当に嬉しいの」


にこと笑う冬美さんに、じわりと涙が滲んでしまう。
自分のマンションに帰ってたら、こんな暖かさに触れることは出来なかった。
私の無事を喜んでくれる人がいる。
それだけでもう、胸がいっぱいになるようで。



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