「えっと…轟くん、いいの?」
電車に乗って、私の家の最寄りとは違う駅で降りて二人で歩く。
「ああ…前に姉さんと会っただろ、あれからみょうじ連れて来いってうるさくてな… みょうじさえ良ければ会ってやってくれ」
「う、うん」
しばらく二人で歩くと、大きな日本家屋が見えて来た。
そしてその日本家屋の目の前まで来ると"轟"と表札が掛かっていた。
(さすがエンデヴァーのお家…!立派な日本家屋…!)
がらりと玄関を開ける。
ふわりと轟くんの優しい匂いがする。
それはお家の匂いなのだと気付く。
「入っていいぞ」
「お、お邪魔します」
靴を脱いで、揃えてお家に上がる。
「…こっち。適当に座ってろ。茶入れる」
「あ、手伝うよ!」
「一応客なんだから座っとけ」
「はい…」
立ち上がろうとする私を制して、轟くんはお茶を入れに台所へ消えていく。
しばらくしてお茶と茶菓子をお盆に乗せて持ってきた轟くんが、私の正面に腰掛ける。
「ところで…今日は何で病院にいたんだ?…もしかしてあの病院って」
私の前にお茶と羊羹の乗ったお皿を差し出してくれる。
和風だ…!
「うん、私のお祖父さんの病院。一応体育祭の順位の報告に行ったんだけど…その…3位如きで報告するな、顔も見たくないって」
轟くんは明らかに眉間に皺を寄せて、不快な表情を見せる。
「あ、気にしないでね!お祖父さんの通常運転だから…それより、轟くんはお見舞いって言ってたけど…」
「ああ、お母さ…母親に会って来た。俺の事や、緑谷の事…お前の事も話して来た」
「私の、事も…?」
少し気恥ずかしい。
どんなこと話したんだろう?
「母は泣いて謝り驚く程あっさりと笑って赦してくれた。俺が何にも捉われずつき進む事が幸せであり救いになると言ってくれた」
「…!ほ、ほんとっ!?よかった、よかったね…!轟くん!」
私は自分でも驚く程嬉しくなって、思わず彼の手を取っていた。
「…っあ、ご、ごめんね!」
「…いや、そんな喜んでくれるとこっちが調子狂うな」
轟くんが以前より大分柔らかくなった表情で、軽く微笑んだ。
何だか鼓動が早くなって、居心地が悪い。
「焦凍ー?お客さん?」
ひょこりと、轟くんのお姉さんの冬美さんが居間に現れる。
私の姿を見つけると目をまんまるくして、それから嬉しそうに私に駆け寄る。
「なまえちゃん!来てくれたのね」
「ご無沙汰してます、冬美さん」
「来てくれて嬉しいわ」
私の手を取って微笑んでくれた。
「今日は焦凍、急にお母さんのとこ行っちゃうし、帰ってきたと思ったらなまえちゃん連れてきてるしびっくりしたよ!」
「悪い、姉さん…お母さんにしなきゃいけねえ話があって。みょうじとは帰りにたまたま会った」
「そう…。それよりなまえちゃん、今日は時間あるの?良かったら夜ご飯まで食べて行かない?学校の事とか色々聞きたいし…」
夜ご飯!?
さすがにそれはハードル高いような…。
ちらりと轟くんを見ると、轟くんはただ少し優しい顔をしただけだった。
「えっと…お邪魔じゃなければ…」
全然!邪魔なんかじゃないわ、と嬉しそうに冬美さんが笑う。
「あ、でも親御さんとか心配しない?大丈夫?」
「私一人暮らしなんで、大丈夫ですよ」
「あら、そうなの?」
それから冬美さんとのおしゃべりは夜まで続いた。
学校のことや、轟くんの学校での様子、USJでの出来事や体育祭の話…。
▽
夜ご飯までご馳走になり、最寄りの駅まで轟くんが送ってくれるというのでお言葉に甘えることにした。
「轟くん」
「なんだ?」
轟くんが左の青い瞳だけこちらを見る。
「昨日…対決が終わった後、責めるような言い方をして…ごめんなさい」
ずっと自分の心の中でもやもやしていた気持ちを吐き出す。
轟くんには轟くんの事情があった。
なのに勝手に本気を出さなかったと責めるように泣いてしまったことを申し訳なく思っていた。
「…いや、みょうじは悪くねえ。迷ってた俺が悪い」
「轟くんは悪くないよ!清算してからにしたかったんだよね、なのに私…」
「みょうじ」
いつの間にか足を止め、私たちは2人向き合った。
轟くんが、真剣な顔をする。
その綺麗な両眼が、私を射抜く。
心臓が変な音を立ててどうしていいか分からなくなる。
「お前にもきっかけをもらった。個性に誇りを持って欲しいと言われた時、最初は正直意味がわからなかった。俺は"右側"に誇りを持っていたからな。でもお前は…両方、俺の個性だって言いたかったんだって、後で気付いた」
「轟くん…」
「だから…ありがとな…」
轟くんは少し居心地悪そうに頬をかく。
彼の纏う雰囲気が、柔らかく優しくなった。
それがなんだか嬉しくて。
駅まで2人で歩く時間はとても穏やかなもので心地の良いものだった。
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38 休め振替休日2