「みょうじ…」


控え室に行く途中、廊下の隅でうずくまっている青みがかった長い黒髪が見えた。

小刻みに揺れる肩は、俺の声にびくりと大きく反応した。
そしてゆっくりと、顔を上げる。

夜空のような瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。


「轟くん…」


みょうじがゆらりと立ち上がり、俺を見上げる。
拳がぎゅっと握られているのが見えた。


「最初の戦闘訓練の時私に怒ったよね…手ぇ抜いただろって…!だから私、次は本気だって言ったのに…さっきも個性に誇りを持ってって…なのに、どうして…?」


その表情は、怒り。そしてどこか…心配そうに俺を見つめる。


「悪い、みょうじ…。自分でも自分がどうするべきか自分が正しいのかどうか…分かんなくなっちまってんだ」


ぼろぼろ落ちる涙を、俺の指で掬う。
みょうじはくすぐったそうに身をよじる。
何故だか胸が締め付けられるような感覚になる。


「…そっか…迷ってるんだね」
「ああ…」


みょうじは何か言いたそうに口を開いたが、口をつぐむ。そして優しい表情で俺を見上げた。


「頑張って」


みょうじの視線を背に受けながら、控え室に向かう。

控え室2に入ると、パイプ椅子に座って考える。


『君の力じゃないか!!』『自分の個性に…誇りを持って欲しいな』


緑谷と、みょうじの言葉。
緑谷と戦うまで考えるなんて…考えもしなかった。
お母さん俺は…


バァン!と急に控え室のドアが乱暴に開けられた。


「あ?」


爆豪が立っていた。


「あれ!?何でてめェがここに…控え室…ここ2の方か!クソが!!」


騒がしいやつだな、と黙って見ていると何か気に入らなかったのか爆豪が苛ついた様子で近付いて来た。


「部屋間違えたのは俺だけどよ…決勝相手にその態度はオイオイオイ…どこ見てんだよ半分野郎が!!」


机を爆破される。


「それ…緑谷にも言われたな。あいつ無茶苦茶やってひとが抱えてたもんブッ壊してきやがった。幼馴染みなんだってな、昔からあんななのか?緑谷は…」


何故か更に苛ついた様子に見える爆豪が、怒りで震えている。


「あんなクソナード…どうでもいいんだよ!!ウダウダとどうでもいいんだよ…てめェの家の事情も気持ちも…!どうでもいいから俺にも使ってこいや炎側!そいつを上から捻じ伏せてやる」


爆豪が控え室を出ていく。
またしても乱暴にドアを閉められる。


ふと、指にみょうじの涙の感触を思い出す。
温かくて、怒ってたその瞳はそれでもどこか俺を心配そうに見つめてて。
濡れた夜空のような綺麗な、瞳だった。


「頑張って、か…」


拳を、握る。
自分がどうするべきか自分が正しいのか…。



36 綺麗な涙
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