「春の匂いがしますね」

急に彼女がそんな事を言った。俺はめっぽうそういう類のものに弱くて、春の訪れなど花が咲き乱れてやっと気付くぐらいだ。だから彼女のその言葉を頼りに目を凝らし鼻をきかせてみるが、やっぱり春の片鱗は俺には見つける事ができなかった。

「歳三さん、眉間に皺が」
「…春が見付からなくてな」
「あら、本当ですか。とっても近くにありますのに」
「近くぅ?見当たらねえな」

あらあら、と千鶴が笑う。お前が俺の春そのものだ、なんてくっさい台詞もちらりと浮かんだが、さすがにこの歳でそれはないだろうと、口をつぐんだ。

「そういえば知ってます?桜の伝説」
「下には死体が…ってか」
「ええ、有名なお話なんでしたか」
「いや…総司がそういう話が好きでよく聞かされた」
「沖田さんらしいですね」
「俺を怖がらせたかったらしいが、効いたのは平助と斎藤ぐらいだったか」
「斎藤さん!意外」
「だろ?」

最近はこうやって懐かしい昔に思いを馳せる事も多くなって、歳を取ったのだなあと実感せざるを得ない。
時間とは偉大なもので、あんなに多くの尖った思いも風化し、憎くも優しい風景ばかりが思い出されてゆくばかりだ。
もう、あの日々を恋い慕う事はあっても、戻りたいとかいう後悔の念は湧いてこない。
助けられたかもしれない、とか、守れたかもしれないなんてもう思わない。俺も千鶴も。

「でもね、実際有り得ないと私は思うんです」
「桜の話か?そりゃあ伝説だからなあ」
「まあそうなんですけど、そうじゃなくて人間の血なんて微々たるものじゃないですか」
「嫌に現実的だな」
「ふふ、だからね私思うんです」

桜を染めるのは
血ではなく恋だと。

「恋、か」
「はい。だって恋って桜色でしょう」
「さあなあ、おれは恋の色なんて分からねえな」
「もう、歳三さん!」

言わんとしている事は伝わった、と言えば本当ですか?とむくれた千鶴が俺を見上げた。微かに柔らかいのは彼女か、それとも初春の空気か。


「風情の分からない歳三さんにはお茶菓子はあげません」
「おいおい、それは…へっくし」
「あら歳三さん、やっと見付かりましたね!春」
「は?」
「さあ、歳三さんお茶にしましょうか」

そう言って楽しそうに笑う千鶴に、桜色の着物がよく映えた。
ああ、やはり恋の色に染まった春はすぐここにあるようだ。








花粉症土方さん

 


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