目の前で大きな肩がぶるりと震えた。いつの間にかかなりの大雪となっていて、夕方の空がいやに低かった。

「いやあ冷えるなあ、早く帰るか」
「だからパトカーで行きやしょうって言ったんでさァ」
「だってトシが運転ならまだしも、こんな大雪の日に俺の運転はなあ…」
「それは同意しまさァ」
「え?フォローは?」
「あ、でも近藤さん運転上手かったじゃないですかィ。昨日も」
「それドンキーコングだから!マリカーだから!ゴリラだから!」

わめく近藤さんがいつの間にか俺の左側から右側に移動していた。それはまるで彼氏が彼女にするように、親が子供にするように、車道を走る車から身を呈して守られていた。きっとこれは、近藤さんは無意識だ。きっと隣を歩くのが憎たらしい土方でも、自分のしていることにこれっぽっちも気付かないまま右側を歩くのだろう。

「屯所に戻ったら雪だるまでも作るか!」
「雪合戦がいいでさァ」 
「やだよ、総悟雪に石詰めるから」
「近藤さんには特別に梅干し詰めやす」
「なにそれ俺の晩御飯?」

ああ、幸せだ。親でも恋人でもないけれど確かな名前のある関係なんて俺は欲しくなどない。そんなものあったって幸せじゃない奴らを俺はたくさん知ってるし、逆に強いていうなら上司と従業員程度の関係なのに死ぬほど幸せな奴らも俺は知っている。俺も近藤さんとそんなふうになりたいのだ、隣に居る事が自然な、名前はないけれどひどく幸せな関係。

「総悟?着いたぞ」
「ああ、ほんとでィ」
「局長、沖田さんおかえりなさい」
「ただいまザキ!寒かったー!」
「山崎ィ炬燵ついてんだろうな」
「ついてますよ」
「山崎にしてはいい働きでさァ」
「はいはい」

もう足も手もかじかんでじんじんと脈打っている。早く炬燵に首まで入ってぬくぬくしたい。そう思って勢いよく障子をあければ予想もしていなかった風景が目に留まった。ああ、不愉快だ。

「お?トシか?」
「なにサボってんでさァ」
「サボりじゃねえ、仕事してんだ」
「トシも炬燵求めて来たのか!」
「ああ、副長室のヒーターが爆発してな」「まじですかィ、まさか爆発するとは」
「てめぇかァァァ!」

少々狭い炬燵に潜り込めば、中で誰のか分からない足にぶつかる。未だに怒っている土方さんが炬燵をガタガタと揺らしてくる、うるさい。邪魔な足を蹴り上げれば近藤さんが痛っと叫んだ。

「近藤さん頼んでたタバコは」
「あっ…」
「まじかよ…」
「ごめんトシィ!お金あげるから自分で行って…寒い…」
「ったく、しゃあねえなあ」
「あれ、副長お出かけですか、とりあえずお茶飲んでからにしません?」

マヨネーズがのったお団子もありますし、という山崎の言葉に大人しく土方さんが席についた。うぜえ、早く行けばいいのに。1本だけマヨネーズがたっぷりのった団子と、もう3本普通の団子を山崎が運んできた。

「沖田さん寝ながら食べないでくださいよお」
「うるせえ、俺は眠いんでィ」
「おい総悟寝るな、お前仕事残ってんだからな」
「あー頭痛いなーズキズキするなー」
「熱でもあんのか総悟?ああ?雪で冷やしてやろうか?」

額に青筋を浮かべて怒る土方さんが妙におかしかった。いつまで経っても土方さんは喧嘩っ早くていけねえ、毎回そう思うが、それに喧嘩を吹っ掛ける俺も俺だから言うのはやめている。それに言ったところでどうせまた喧嘩になるだけなのだから。

「じゃあ俺は煙草買いに行って来る、総悟も近藤さんも仕事しろよ」
「あっ、土方さんついでに雪見だいふく頼みまさァ」
「あ?自分で行けよ」
「あっ、副長ついでに大根と味噌お願いします」
「はあ?なんで俺が」
「なんか女中さんが雪で来れない人が多いらしくて」

不機嫌そうに土方さんの眉間がぎゅっと寄せられた。それでも女中には一切怒ったりしないのは女たらしなのか、まあ素で優しいのだろうなということは簡単に予想がつくけれども。土方さんが、はあ、と大きくため息をついた。

「…おい、総悟」
「へい」
「一緒に行くぞ」
「…はあ?」
「ほら早く立てコラ」
「いやいや、嫌でさァ」

土方さんの口から飛び出して来たのは本当に全く予想もしなかったことで、今日は予想もつかないことばかり起こしてくれて厄介だとひっそり思った。しかも寒いから行きたくないと。理由まできちんと述べれば、雪見だいふく買ってやるから。というなんとも下らない条件がついてきた。 
「結局、行くのか行かねえのか」
「…パピコも」
「腹壊しても知らねえからな」

どうやら買ってくれるらしい。もうここまできたらやけくそだ。ついていって、雪見だいふくとパピコとついでに小人のフィギュアがついてくるお茶でも買ってもらおう。このくそ寒い中、わざわざ土方さんと肩を並べて歩くんだからそれくらいの対価がないとやってられない。
俺がそのままの格好で行こうとしたらドスの効いた声でコート着ろ!と怒鳴られた。コートを着なくてはいけない状況にしているのはこいつの癖に。

「総悟、お前そんな歩き方してっと転ぶぞ」
「こちとら疲れてんでさァ、なんでパトカーにしなかったんです?」
「そりゃあだって、こんな大雪の日に車は危険だろ」
「なんなら俺が運転しやす。スリップして土方さんを奈落の底へ」
「おめーも道連れになんぞ」

もっともなツッコミをした後土方さんは煙草を取り出してくわえた。ふざけんな煙草あるじゃねえかと言おうと思ったけれど、どうせ買い置きを買いに行くんだとか言われそうだから、もう黙ることにした。山崎の休憩タイムのせいで随分と暗くなった空からまた、ぼたぼたとみぞれに近いような雪が降ってくる。

「嫌な雪だな」
「やっぱり土方さんといるとろくなことねえや、早く歩けよ土方」
「ふっざけんな、人を疫病神みたいに」

また売られた喧嘩をご丁寧に買った土方さんの蹴りをひらりと避ければ、土方さんはその反動でなんとも自然に俺の右側に来た。ふとさっきの近藤さんを思い出す。ああ、まさかこいつにまでやられるなんて思いもよらなかった。どうせこいつも無意識でやってるんだろう、そう思うとなんだか無性に可笑しかった。

「土方さん、寒い」
「マフラーもしてこねえからだろ」
「俺がじゃなくて、土方さんが寒い」
「はあ?」

訳が分からないといった顔をする土方さんを存分に笑ってやった。さっきまでみぞれに近かった雪がいつのまにかふわふわと柔らかい雪に変わっていた。武州に居た頃はよく、こんなふわふわな雪が食べられるのではないかと口を開けて空を見上げたことがあった。きっと今それをやれば、隣の土方さんは呆れたように笑うんだろうな。近藤さんならきっと一緒にやってくれるだろう。山崎なら無理矢理やらせよう。そう考えみるとどいつもこいつもきっと、最後には俺の心配をするのだと容易に想像できた。

「総悟、ほら着いたぞ。早く選べ」
「へいへい」
 


ああ、今日も俺の世界はこんなにも狭くてこんなにも俺に甘く優しくできているのだ。





nationalism(愛国主義)









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