「この世にお前じゃなきゃダメなものがいくつあると思う?」
ソファで向かい合わせになりながら、めんどくさそうな顔をした坂田がそう尋ねて来た。思考が読めないのはいつもの事であったが、今日はいつにも増して関わりたくない話題の香りがぷんぷんする。

「…ねえと思う」
「またまたあ、ナルシストの癖に謙遜すんなよ」
「誰がナルシストだこの腐れ天パ」
「まあ、強いていや3つくらいじゃねえの?お前なんか」
「少ないか多いかわかんねえよ」
「だよなー俺もわかんね」

けだるさが増したかのように首をソファにもたれさせる坂田の、のけ反る白い首筋を指でなぞりたくなった。いつもやられっぱなしで、そんなの俺の性には合わないのに結局いつもやられてしまう。総悟にいつだか、あんたは正真正銘のMでさァなんて言われた事があったけど案外本当かもしれない。

「お前は、いくつあるんだよ」
「んー俺?」
「ああ」
「わかんねえや、そんなもん」
「お前が話ふってきたんだろうが」

まあまあ、なんて言いながら坂田がにへらと笑って目の前の俺が買ってきてやったいちご牛乳を飲んだ。本当思考の読めないやつは困る。敵との心理戦や情報を吐かせるために身につけてきた人の心理をくすぐる知恵もこいつの前では全く役に立たなくなる。

「なに考えてんだか分かんねえな、お前」
「え、そう?分かりやすいってよく言われたんだけど」
「…言われた?」
「ああ、お菓子こっそり食っちまった時とかな、すぐ俺だってばれて怒られたわ」
「それは分かりやすいっつーかてめぇしかそんなことしねえんだろ」
「そうかも」

最近こいつは、ぽつりと思い出話をするようになった。本当に自然に会話の一部として、主語の無い思い出話をする。こいつを怒ったり褒めたりする人が、こいつと共に学び遊んだ人が誰だかは分からないのだけれど、それでもそんな話をする時見たこともない顔をするから少し俺は嬉しかった。

「そう、それでさあ、俺よく嘘つくの下手だって言われんだけどすげえ上手いと思うんだよね」
「ああ、すげえ上手いと思う」
「土方君、それ褒めてんの?」
「口先だけの人間だって言ってる」

ひでえ、なんて大袈裟に笑ってみせる坂田がまた一口俺が買ってきてやったいちご牛乳を飲んだ。

「俺は、嘘が上手いんじゃなくてさ」
「嘘を突き通すのが上手いんだろ。嘘だとバレても絶対に、その嘘を突き通すんだろ」
「…よくわかってらっしゃる」

いつだってそうだった。こいつの嘘には有無を言わせない何かがあって。きっとこいつが瀕死の状態だろうが、こいつが大丈夫だ言ったら大半の奴が嘘だとわかってもそう思い込まないわけにはいかない。そんな後味の悪い薄気味悪い嘘をつく。

「たださあ、かぶき町って怖いよね」
「そうか?」
「だって俺の嘘も全然通用しねーの」

坂田がけたけたと笑ってもう一度怖い町だよ、と呟いた。

「お前の嘘は俺にも、通用しねえよ」
「なにそれ」
「馬鹿なお前のつく嘘なんて、お見通しだって言ってんだ」

万事屋のガキ共に今までこいつは何度優しい嘘をついてきたんだろうか。もう何も背負いたくないと決め込んだ様な顔をして、本当はその背中でずっと多くの物を敵となる全てのものからひた隠して、守ってきたのだろう。だけど俺はそんなの御免だ。絶対にそんなのは俺のプライドが許さない。

「俺は、お前じゃなきゃダメだなんて風にはなるつもりはねえ。つーかなりたくねえ」
「ひどい言い草だな」
「俺は、お前を俺とじゃなきゃダメな奴にすんだよ。どちらかがどちらかに依存なんて気持ち悪ぃだろ」
「…流石、鬼の副長さんは考えることが違うわ」
「おちょくんな」
「感心してんだよ、ついでに喜んでる」

口元を隠すようにまた、坂田は俺が買ってきてやったいちご牛乳を飲んだ。

「じゃあさ、つまりそれは土方君も俺とじゃなきゃダメな奴になるってことだよね」
「…それとは違う」
「はっ、気難しいねえ」

坂田は笑ってまた、ソファに首をもたれさせ白い首筋をのけぞらせた。こいつでなきゃダメだったであろう、こいつの思い出の中の人達の話をもっといつか聞けるのかと思うと、少し楽しみな気がしてしまう自分はもう立派なこいつでなきゃダメな奴であった。

「そういやさっきさ、俺の嘘は通用しないって言ったじゃん?」
「ああ」
「土方君の嘘も俺には通用しないかんね」
「俺はお前よりもっと上手く嘘つくぞ」
「ばーか、土方君程嘘が下手な人も珍しいよ」
「なんだそれ、じゃあ浮気はできねえな」
「それ嘘云々の前に普通にやっちゃだめだから」

いつの間にか俺が買ってきてやったいちご牛乳は飲み干されていた。そのかわりいちご牛乳の味のする唇がそっと俺の唇をなぞった。







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