銀ちゃんが結婚するという。最初は有り得ない、なんて馬鹿馬鹿しい嘘をつくんだこいつはと思った。だけどいつもの様にへらりと笑ったままだけど、これが嫁さん、そう言って私達の反応をうかがった彼は私達の知るあの人ではないように思えた。
「神楽ちゃん、準備できた?」
「新八ィ!これどうやって付けるアルカ!絡まるネ」
「ああ、ちょっと引っ張っちゃだめだって!ほら後ろ向いて」
女の私なんかよりよっぽど器用な新八の指が首の後ろをいじれば、なんとまあ可愛らしいネックレスが私の首にははまっていた。
「似合うじゃない神楽ちゃん」
「…けっ、もうちょっと気の利いた事言えないアルカ」
「はいはい、花嫁さんに負けないくらい綺麗だよ」
「馬鹿アルカ」
「ほら行くよ、結婚式には遅れられないからね」
「あ、まだ歯磨きしてないアル」
いつもとなんら変わらない万事屋の風景なのに、じわりと滲んで見えた。今日からここは私の家ではなくなる。いや、最初から私の家なんかではなかったけれど。銀ちゃんもあの人もお前は何処にも行くな此処に居ろ、なんて言ったけれど私だってそんな野暮な事しない。ちゃんと荷物はまとめた。星に帰る用意ができるまでは新八の家に泊まる事も決まっている。
「神楽ちゃん、迎え来たよ」
「ちょっと先行ってるヨロシ」
「下で待ってるからね」
「…おう」
ふわりと広がるスカートの裾をお洒落に揺らしてみた。新八が丁寧に巻いてくれた髪も肩でふわふわと揺れている。ババアが爪をピンクに塗ってくれて、髪飾りをくれた。仕上げに首には銀ちゃんのくれたネックレスがついている。
「…お世話になりました」
誰も居ない万事屋なんて見慣れているのに、私の居場所のない万事屋を見るのは初めてだった。初めて此処を訪れた時から此処には私の居場所があって、帰る場所であった。遊びすぎて遅くなった帰りは銀ちゃんにこれでもかと言う程叱られた。新八と買い物をして帰って来れば銀ちゃんの美味しいご飯の匂いがした。
そんな日常はもうお終い。
「銀ちゃん」
糖分なんて下らない額縁と、詰まれたジャンプ、酢昆布の箱の捨てられたごみ箱。大好きだった私の帰る場所。
「銀ちゃん、行ってきます」
この気持ちが何なのかは私も分からない。恋慕か、親愛か。でもあの人が私の大事な大事な拠り所であった。
下で新八の呼ぶ声がする。少し背伸びをした薄ピンクのヒールに足をはめ込んで、何度外されたか分からない扉の鍵を閉めた。カンカンと音を鳴らして階段を降りて、私は地球の土をヒールで踏み込んだ。