土方さんが死んだ。
なんとも呆気なく、そして真撰組副長らしい最期だった、とでも言えばいいのだろうか。近藤さんをその体で庇ったのだった。強い事と負けない事は必ずしもイコールではないということは、戦場では当たり前の事である。そして、こんな最期もいくらでも想像し得たことであった。

「総悟、まだ起きてたのか」
「近藤さん」
「湯冷め、するぞ」
「…そうですねィ」

頬がげっそりとこけ、無精髭を生やした近藤さんが、湯上がりらしくほくほくと湯気をあげたまま立っていた。自分の見るに堪えないようなやつれた姿に気付いているかは定かではないが、それでも自分まで死んでしまわないようにとただ黙々と単純作業のように飯を咀嚼する近藤さんは、今真撰組で誰よりも憔悴しきっているように見えた。

「近藤さんこそ湯冷めしますぜ」
「ああ、そうだな」
「近藤さん、寝れてますかィ?」
「え?あ、ああ、眠れてるよ」
「…そうですかィ」

嘘ばかりついて。
そう言いかけてやめた。だって眠れて居ないのは火を見るより明らかで、きっと近藤さんも嘘が通用しているとは思っていないだろうから。ただ、嘘でもつかないとやってられないのだ。土方さんが居なくても真撰組は平気だと、土方さんが居なくてもみんな元気にご飯を食べてしっかり仕事をしよく眠ると、土方さんが居なくてもみんな、みんな大丈夫だと。そう嘘をつかなくては生きてなどいけないのだ。現に俺だって、土方さんが居なくなったその日からずっとやっと副長の座が俺のものになった、と、土方さんが死んで清々したと嘘をつきながら生きてきている。

「なあ、総悟」
「…なんですかィ」
「あいつは、こんな俺を怒ってるかな」
「…」
「トシが居なきゃ、しっかり立てない俺を怒ってるかな」

今まで見てきた大きな背中は、そこにはもう無かった。いつだって3人だったのだ俺達は。もう家族とか仲間とかじゃなくて、近藤さんと俺と土方さんと3人だったのだ。他人である俺達を確かに繋いでいたのは真撰組とかそういう物ではなく、俺達一人一人だったのに、土方さんは呆気なく居なくなってしまった。

「怒ってるかも、しれやせんね」
「…総悟」
「なんて、嘘でさァ」
「…ああ」

分からない、死んだ奴の考えることなんて分からない。しかもあの土方さんだ、余計に何を考えているかなんて分かるわけない。分かりたくもない。ただ、確かなのは近藤さんが死ななくて良かったと安堵していることは確かだろう。それくらいしか確かなことはない。

「どうせ、すぐに忘れやす」
「…トシの事をか」
「いや、ちげえ、思い出せなくなる」

あいつが姉上の顔を思い出すのに苦労するようになったように、俺らだってきっとそうなる。土方さんへの想いが薄れるとかじゃなく、ただ単に他の事が増えていく。それは残されて生きていく者への定めで、仕方のないことと分かっている。分かっているのに

「だから、今は目一杯…」
「…お前は、昔と変わらず…いい子だな」
「は…子供扱い、しねえでくだせェ」
「すまんすまん、ガキなのは俺も同じだ」

いつか笑って話せる日が来るのだと思う。土方さんが居たこと、土方さんとの思い出、土方さんとの記憶。いつか近藤さんだって普通に眠れる日が来て、隊士達も土方さんが居なくても上手く仕事ができるようになって、江戸も土方さんの居ない景色が馴染むようになって、俺も土方さんの面影に縋らなくていい日が来る。死んだ奴の考えることなんて分からないけれど、生きていた頃のあの人のままで居るのなら、そんなこと当たり前だろと薄く笑って簡単に許してくれるだろう。決して怒ったりしないだろう。

「俺も総悟も、まだまだガキなのにな」
「…へい」
「…まだまだ、怒ってほしかったよな」
「…です、ねィ」

そうだ、まだ怒ってほしい。怒ってほしいんだ、土方さん。

「今はまだ、目一杯悲しんで困らせて怒らせてやる時でさァ」
「ほんとに、総悟は困った奴だ」
「近藤さんには負けやす」
「えっ俺結構いい歳なんだけどな…」

まだまだ近藤さんの頬はこけたままだけれど、いつかまた作業である飲食が、食事に戻るだろう。何もかも生活は続いて戻っていく。それでもきっと、屯所には山崎みたいなお節介焼きが綺麗にし続ける副長室と、煙草の匂いが残りつづけるのであろう。
いつの間にか星の位置は変わり、月は真上に来ていた。芯まで冷えた髪を壊れ物でも扱うかのように近藤さんが拭いていってくれた。
悲しみが薄れるよう、今日も地球だけは廻って行く。




 
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