「お前なにしてんでさァ」
「お前こそなにしてるアル」
「俺ァ見回り以外の何物でもねえ」
「アイマスク持ってカ」
「うるせえ、ベンチ譲れ」
動きを見せない私を端に寄せるように憎き真撰組のベビーフェイスは隣に座った。どうしてせっかくの休日にこいつの隣になんか座っていなくちゃいけないんだろうとは思ったけれど、動くのも面倒だし負けたみたいで嫌だから居座ることに決めた。栗色の髪が日光でキラキラと反射している。この世のどんな綺麗なものもこれには勝てないんじゃないかと思うくらい。
「寝に来たんじゃないアルカ」
「今日は眠くねえ」
「じゃあなにしに来たアルカ」
「えー…世間話?」
そういうと今日の為替相場は、なんて意味の分からない事をペラペラと喋り出した。小難しい話から果てはパンダの赤ちゃんの話まで、朝のニュースの内容をそっくり暗記してきたかのような単語が並ぶ。
「難しくて何言ってるか分からないアル」
「うるせえ、黙って聞いてなせィ」
「金払えば聞いてやるヨ」
「嫌な女でさァ」
けたけたと普段は決して見せないような顔で沖田が笑っていた。公園に来た時は確かに泣きそうな顔だったのに、いつものポーカーフェイスはどこへやら。それでもコロコロと変わる表情は嫌いじゃないと思った。すぐ笑ったり怒ったり泣いたり困ったり喜んだり、まるで銀ちゃんや新八みたい。
「なあ、お前もなんか面白い話して」
「なんで私がそんなことしなくちゃならないアルカ」
「ケチな女と話の面白くない女はモテないぜ」
「黙れヨ、そんな急に面白い話なんて言われてもないアル」
「聞き上手でもなけりゃ、話し上手でもねえってか」
ふと、沖田の視線の先が定まらないことに気付いた。ふらふらと視線が揺れて、まるで何かを探すみたいに。大きな瞳がひどく濡れている。見てはいけないものを見ているような気がした。
「どーんっ」
ふいに視界がぐらりと歪んで、体の左側に衝撃がはしった。見れば沖田の握りしめられた右手が、どーんっなんて効果音付きで、私を殴っていた。沖田のくせに手加減なんか覚えたのか、別に痛くはなかったけれど、ひどく別の場所が痛んだ。どうしてこいつは、今にも泣きそうなこんなにも切なそうな顔をしているのか。
「痛くはないけど驚いたアル」
「つまんねー、張り合いねえでさァ」
「何様ネ」
「総悟様」
「うぜえ…あ、面白い話あったアル」
「聞いてやらないこともねえ」
「黙って聞くヨロシ」
殴られたせいで少しドキドキしている胸をおさえながらふと思い出した。誰に聞いたんだろうこの話は。銀ちゃんだったら気持ち悪いし、童貞の新八でもないだろう、ババアか、それともアネゴか、誰だっただろう。
「ドキドキしすぎると、人間本当に死ぬらしいアル」
「…へえ」
「心拍数が上がると細胞が驚いて、早死にするネ。細胞は常に安定状態でいたいから心臓も安定を求めてドキドキしなくなるヨ、だから恋愛は飽きるアル。飽きるのは安定状態と同じネ。」
「夢のある話でさァ」
「恋愛は常にドキドキしてたいとか、そんなもの早死にしたいって言ってるようなものアル」
「くだらねえなあ、人間。でもうまくできてらァ」
こんな話に興味を持つのはお年頃、と呼ばれる1番馬鹿な年代の奴らだけで。こんな話で救われるのは安定なんて嘘に安心して、本当はなんの興味も持たれていないような恋人に縋る奴らだけだ。それでもこんなことを真面目に解明しようとしている頭の良い人達がわんさか居るというのも、おかしな話だ。
「じゃあ、きっとそうだったんだ」
ふと、思いついた様に沖田がぽつりと言った。何が?と聞き返すのは何となく気が引けて、ただ喋り続けるのを待った。随分長いこと喋っているらしい私達二人の影が、さっきよりずっと長くなっていた。
「…結局は、あいつのせいかィ」
「…沖田」
「なあ、それじゃあ心拍数が上がりすぎて早死にするのは…幸せな死に方なのかィ」
「幸せな死に方…アルカ」
「好きな人の事考えて、ドキドキしてそれで死ぬのは幸せ、なのか」
ああ、どうしてこいつがこんなに泣きそうなのか分かってしまった。未だに幸せだったかどうか気になるのか、そんなに疑わしいのか。そう思ったけれどそうじゃなくて、こいつはもうそんなところの答えを求めているんじゃなくて。
「そんなもの、分かんないアル」
「…だよな」
「死んでしまうならそれは、好きな人とはもう一緒には居られないんだからナ。でも、やっぱり好きな人の側に居られて、ドキドキできたならそれは幸せなことアル」
「…ああ」
さっきまで日光でキラキラと光っていた栗色の髪の毛が、今度は夕日のオレンジ色に染まっていた。そういえば3年前のこの時期に彼は大切な人を失ったんだっけ。
「姉上が、幸せだったことなんて分かってんでさァ」
ただ、未だに子供みたいだけど悔しくて寂しくて悲しいんでさァ。とまた泣きそうな顔で彼が呟く。
「姉上が、そんな夢みたいな可愛らしい理由で死んだとしても。やっぱり幸せだった理由はあいつのおかげに、なるんでィ」
「馬鹿は休み休み言うヨロシ」
「…なんでィ」
「だからお前はまだ餓鬼ネ」
「そんなこと言われなくても分かってらァ」
ふわりと、眦にたまった涙が零れるくらい優しい顔で彼がこちらを向くから。彼女の幸せだった理由は紛れも無くこの栗色の髪の男のおかげだと私は確信できるのだ。もちろんこんなに上手くは笑えないだろうけど、目付きは悪いくせに優しい瞳の黒髪の男だって。
「じゃあもう2つ面白い話してやるネ」
「あるなら最初から出し渋るんじゃねえや」
「人間が生き物の中で1番欲深いアル。だから幸せになんて、誰か一人だけのおかげじゃなれないアルヨ」
「…やな生き物だな」
「お前の姉ちゃんもヨ」
「…俺もでィ」
私もヨ、そう言えば彼は今度はいつものようにポーカーフェイスを崩さないままニヤリと笑った。
「もう一つは、」
「いい、それはまた後にとっとく」
「は?」
「また、いつ俺がここに来てもいいように面白い話ちゃんと用意してきなせィ」
「…とんだ俺様アルナ」
「ちげえや、総悟様でィ」
そういうと彼はやっぱり、この世のどんな綺麗なものより綺麗な髪の毛をなびかせて、昔より少し短く見える刀を携えて歩いて行った。一人で公園に居た時より確かに、私の心拍数はリズムを少し早めていた。