「十四郎さん、そっちの道は行き止まりですよ」
「…間違った」
「珍しいですね、暑いからかしら」

蝉がこれでもかと鳴いて、空はこれでもかという程青くて、この武州は毎年変わらない夏の景色を映し出していた。ここ数年近藤さんの元にはたくさん新しい人が来たけれど、みんなすぐ武州の夏の景色へと馴染み、そしてみんな年々逞しくなっていった。

なのに彼は他の人とは違って、なかなか武州の夏の景色に馴染まなかった。いつまでも白い肌に、対照的な黒い長い髪、カラカラと笑う仲間とは違う結ばれた唇。それが好きだと気付いたのもそんなに前ではなくて、私もとんだ鈍い女だ。

「今日は一段と暑いし、お夕飯は蕎麦にしましょうか」
「…ああ」
「あっ見てください、入道雲…!」

真っ青な空に昇る入道雲が目に染みる。どうしてこんなにもこの土地の夏は胸を焦がすのだろう。

十四郎さんがここ最近上の空な理由は知っていた。
「上京しよう」
そんな近藤さんの一言にみんなが浮足だっているのは私とて知っている。十四郎さんはきっと近藤さんが行くというのならどんな遠い地にも着いて行くのだろうなと安易に予想できた。そして、私を置いて行く事も。

「私も、連れていってください」
言いたい、言ってしまいたい、きっと断られるだろうけれどそれでも、私は貴方達と貴方と共に生きたいと言いたい。この人は頑固だからきっと絶対に連れていってはくれないだろうけど、いや連れていってくれるのならば私だってどこまでも一緒に行くけれど。
お慕いしております。その一言が言えない私に、せめて貴方と生きたいと伝える言葉はそれしかないのだ。

「綺麗だな」
「…え?」
「綺麗だ」
「ええ、綺麗」

空を見つめる十四郎さんの横顔が、頑なで頑固でどうしてこんなに美しいんだろうと思った。この人はこの土地の夏に馴染まないんじゃないのだ、一際綺麗なのだ。

「…十四郎さん、帰りましょう」
「ああ」
「きっとどこの夏も、貴方達が居れば綺麗になるんでしょうね」
「…ミツバ」
「さあ、急いで帰らなくちゃ総ちゃんが怒っちゃう」

知っている、この人が私の事を好いてくれているのも、私の為に想いを告げないでいるのも、私の為を想って連れていかないのも。でも私だって同じくらいこの人の事を想っている。

この人が誰よりも武士になりたくて、強くなりたい事を私は知っている。この人が誰よりも近藤さんを慕い、守りたいと思っているのを私は知っている。この人が本当は、誰より優しくて、繊細な人だと私は知っている。

だから私は守るのだ。私がこの人を守るのだ。この人の生き様を、魂を、言葉を。私に普通の女として幸せになって欲しいというこの人の願いを。

本当はふざけないでと一言言ってやりたいけれど、私は貴方達の側で生きる事が何よりもの願いであり幸せなのだと言ってやりたいけれど。
私は貴方の気持ちを守る為ならそれくらいの我慢容易くやってみせる。

「夕立が来そうだ」
「あら、本当」
「少し、急ぐか」
「ええ」
「…なにが可笑しい」
「いえ、夕立の気配まで分かるようになったんですね十四郎さん」


幸福論


願うは何処の地の空の下でも、この人が笑って居られるよう。




(君がそこに生きてるという真実だけで幸福なんです)






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