いつだって俺という存在に欠かせないものがあった。それは土方十四郎という名前であったり、この顔であったり、この声であったり、とにかく俺を形作るものであった。

そしていつからか俺という存在に欠かせないものが増えた。それは唯一無二の大将の存在であったり、馬鹿だけど信頼できる仲間であったり、ガキの様に喧嘩ができる悪友であったり。そしてこんな俺をきちんと大きくしてくれたあの人であったり。

それはアイデンティティーというべきであるのか、俺が俺であるためのものというのは何も俺自身だけではないと言うことに気付いたのは、恥ずかしながら随分と成長してからである。むしろ俺が俺であるためのものは、俺の身体なんかより、俺の周りの人や、俺の吐いた言葉や、俺の生き様であった。

俺を形作ってきた沢山のものは、俺とは関係のないところで今日も元気に輝いている。

「トシ、ちょっといいか」
「なんだ近藤さん、入れよ」
「ああすまん、まだ仕事中か?」
「いや、今日は大方終わった。一息ついてたところだ」
「そうか」

何か頼み事があるのだろうか、それとも相談か。どちらにせよいつもは何でもパッと口にしてしまう近藤さんが、なかなか言葉を発しないところを見ると何か良くない事柄か。
そう考えていると、ふいに近藤さんの体の後から小さな袋が取り出された。

「金平糖、なんだが」
「金平糖…?」
「ああ、今日偶然目にしてな、なんだか心惹かれて…」
「心惹かれてって…あんたいい年こいてこんな可愛らしい菓子一つ買ってきたのか」
「だって金平糖が呼んでたんですう!」
「ねーよ」

体をうねらせて金平糖を見つめるゴリラ(に限りなく近い遺伝子を持つ人間)がなんだかおかしくて、つい笑みがこぼれた。

「で、それどうすんだ」
「ああ!トシにやる」
「は?俺?」

大方お妙さんにあげるんだ!なんて意気込みを俺に伝えに来ただけかと思えば、俺に渡しに来ただと。こんな可愛らしいもの俺には似合わないだろうに、総悟ならまだしも何故俺を選んだのか。

「疲れた時には甘いものをって言うだろ」
「俺は甘いものよりマヨネー「それにトシは案外可愛いものが好きだしなあ」
「…は」

マヨネーズを渇望する声を無視され、挙げ句のはてには俺のセリフにかぶり、更に可愛いものが好きときた。なんかもうやる瀬ない。俺は甘いものやましてや可愛いものなんて好まないし、まさか俺を美少女大好きトッシーと勘違いしてんじゃねえだろうな。

「近藤さん、わりィけど俺ほんとに…」
「いいから、ホラ」

ざらざらと反射的に出した手に沢山の金平糖が注がれる。白黄緑青橙桃、なんとも鮮やかで、小さくて半透明なそれらが綺麗で純粋に頬が緩んだ。

「一袋とは言わない、うまいから大事に一粒ずつ食うんだぞ!」
「ああ、サンキュ」
「じゃあ俺はこれ総悟にでもあげてこようかなー」
「ああ、それがいい」
「じゃあ、おやすみトシ」
「おやすみ近藤さん」

きっともうこの時間総悟は夢の中だろうけど、近藤さんが来たとなれば総悟も起きるだろう。みんな総悟には甘いなんて隊士は言うけれど、みんなか1番甘いのは近藤さんだ。まったく自由奔放というのか。

「金平糖、ねえ」

和菓子が苦手だった
かといって洋菓子も好きではなかったけれど、和菓子は食べる分にはいいのだが、見た目がどうも。控えめなくせに美しくて、上品で、まるで静かに笑う彼女のようだったから。

「ミツバ、は和菓子っつても専ら辛いやつか」

辛いものが異常に好きとか、そんな不思議な点も多々あったけれど彼女はいつだって俺の周りの何にも代えがたい、綺麗という領域だった。

久々に使い慣れていない部分の頭を使うと疲れる、なんて思いながらティッシュに移した金平糖を一粒口に含む。

白か、白は近藤さんだな。誰よりも真っ直ぐで、誰より俺の中での正解であるあの人。

「このオレンジは…総悟か、目立つし」

緑は、山崎?
でも地味なあいつに緑をやるのはしゃくだな、だけどまあたまには優しくしてやるか。あいつのおかげで来週あたり大きな捕物ができそうだし。

黄色は隊士たちか。
馬鹿みたいに元気だしな。

青は、万事屋あたりか。
なんとなく頭の隅をムカつく天パの着流しがちらついた。

そしてピンク色は、

「…1番甘えな、ピンク」

人間とはご都合主義なもんで、もう悲しいとか切ないとかそんな感情よりただ、愛しかったという事実だけが俺の中にはあった。ミツバという存在が俺が俺であるために形作っていた部分は、俺のなかでも随分甘くて優しい誰も踏み込んで来なかった場所だった。今も彼女だけがその場に存在する。

バラガキと呼ばれて、鬼のようだと恐れられた俺を人間に戻してくれたのは紛れも無く道場の奴らだ。大嫌いだった自分にも、大嫌いだった周りにも少し優しくなれたのは他でもない近藤さんの総悟の原田のあいつらのおかげだった。悲しいとか悔しいとか申し訳ないとか、そんな感情だけが渦巻いていた俺に、嬉しいとか楽しいとか暖かいとかそんな感情を思い出させてくれたのもそうだった。

けれど俺を人にしてくれたのはミツバだった。大事にしてやりたい、抱きしめてやりたい、好きなんだ、そんな感情を形作ってくれたのはミツバだった。ミツバを好きになれたから俺は人になれた。ミツバを愛しく思ったから俺は

「…甘、い」

ピンク色の金平糖が随分喉に残る。甘いもなにもすごく甘い。まあ言ってみれば砂糖の塊だもんなコレ。

苦手だった和菓子もいつからか見る度に胸が甘く締め付けられて、もう切ないとか会いたいとか全てひっくるめて愛しかった。俺がいっちょ前に恋をして、いっちょ前に人を愛して、そして俺は俺になった。

ミツバが俺の甘い部分を形作ったというのは紛れも無い事実で、ミツバが居なければきっと今もまだ俺は。





日に日に彼女を思い出さない日は増えて、着々と彼女は薄れていくけれど、彼女が俺に形作った優しさだとか、このどうしようもない程愛しいと想う胸だとか、俺が俺であるためのものの中、彼女は一際優しく微笑んでみせる。

俺の一部は今日も彼女との記憶でできている。






motif「素敵な恋をありがとう」
by 確かに恋だった


 




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