「ねえ、なーにさっきから?そんなに銀さんのこと好き?」
「違います」
「…おい、仮にも恋人」

なんどこの問い掛けをしただろうか。そのたびに返ってきたのは悲しい返事だったけれど。

「ほんと、妙、ちょっと厠行きたい」
「ダメです」
「ちょっと、厳しいお願い」
「銀さん」

まあ厠に行きたいのは嘘ではないけれど、行きたくない訳でもなくて、そうじゃなくて。さっきからずっと妙が俺の着流しの袖を掴んでただ、俺の瞳を一心に見つめている
いつもより少し近い距離感が年甲斐もなく恥ずかしくて、そしてめちゃくちゃに抱きしめたいなんて衝動に駆られそうで心配。だからちょっと席を立ちたい、切実に。

「妙、」
「銀さん、なんで人間には白目があるか知ってます?」
「白目?って白目?」
「そう、白目」

妙がまたぐっと瞳に力を入れた。そういえばこいつ夜の仕事をしてる割には充血しているわけでもなく、綺麗な白目をしている。まだ10代の少女に相応しい、透き通るくらい真っ白な白目と真っ黒な黒目。

「貴方をね、見つめていますっていうのを伝える為なんですよ」
「…貴方を見つめています?」
「黒目だけだとどこを見ているかわからないでしょう?だから白目をつくって、どこを見ているか分かるように、貴方を見てますよって」
「随分とロマンチックな進化だな」
「まあ最初は自分は敵ではないって表現する為だったんですけどね」
「へえ…」

ふうと息をはいた妙を見ながら、やっぱり美人だよなこいつなんて思った。それと同時に幼さの残る彼女と正確には分からない自分との年齢の差に少しヒヤッとした。不安なんだ、俺も。

「さあ銀さん厠行ってください、早く」
「なあ、妙」
「なんですか、漏らさない内に早く行ってください」
「さっき俺を見てたのも、愛情表現?」
「…違います、天パの原理について考えていました」
「随分難しいこと考えてたのな」

少し体温が上がったらしい彼女の顔が赤く染まる。時々恥ずかしいことをサラっと言う癖に言われるのには慣れてないという、とんだベタな少女だ。

「かわいーね、妙」
「天パぶち抜きますよ」
「痛いのは嫌いです」
「じゃあ黙ってくださいもう」

俺の瞳を見つめながらこいつは何を考えていたのだろう。俺の過去とか、俺との思い出とか、俺とのこれからとか。俺がいつもこいつを見つめながら考えていた事をこいつも考えてくれているのだろうか。

「でも銀さんの黒目は赤いですよね、真っ赤」
「…あー、な。珍しいだろ」
「ええ、初めて見ました」

血の色だ、
と今まで幾度となく言われてきた。白夜叉と恐れられたその昔、血に染まることが日常だった俺への皮肉。死ぬ間際俺に組み敷かれ、今にも刀を振り下ろされようとする敵達が、俺の瞳を見つめて言うんだ。

「血の色だ」
「…血、ですか?」
「あ、いや」

つい口に出してしまった。きっともう俺が戦争に参加していたことなど分かって居るんだろうけどそれでも、隠しておきたいなんて考えてしまう俺はやっぱり汚い。

「血というより、真っ赤な実ですよね」
「…は?」
「真っ赤な、苺とか林檎とか」
「果物…か」
「甘党な銀さんにはピッタリじゃないですか。大好きな物の色が移った、ってことにしといてください」
「…はい」

珍しく上から目線な妙に、ただただ頷くしかない。なんだこいつ、馬鹿じゃねえの。苺とか、林檎とか馬鹿じゃねえのほんと。

「…ばーか」
「貴方の頭よりはマシです」
「ほんと急に温度下げるね」
「ツンデレです」
「それ自分で言っちゃダメよ」
「…銀さん真っ赤」
「うっせえ見んな厠でも行けば」
「貴方が行きたいって言ってたんですよ」
「…なあ妙」
「はい?」「俺の目が赤い理由教えてやろーか」
「だから、」
「赤い物が好きなんだよね俺、そればっかり見ちゃうもんだから色が移っちゃってさ」

銀さん、
そう言いかけた妙の唇に俺の唇を重ねれば、妙の体温が今までにないほど跳ね上がるのが分かった。

「真っ赤んなっちゃって、かわいー」
「この天パ…ッ…!」
「分かった?俺の好きな真っ赤なもん」
「…ほんとに馬鹿なんですか」

真っ赤な顔を隠すように立ち上がる妙の腕をひいて、足の上に座らせる。シャンプー変えたな、違う匂いがする。甘ったるい、美味しそうな匂いだ。

「ついでにいいこと教えてやるよ、妙」
「銀さんのいいことなんてどうせろくな事じゃないですもん」
「いーから聞けって」



私的進化論



「人間の目が色を認識して奥行きを把握出来るのは、美味しそうな真っ赤な実を採る事が出来るように。なんだって」





 



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