(※消えゆくならこの身も一緒に の続き)


今日もご飯は一人分。

今まで一緒にご飯を食べていた弟は、大きな体と大きな懐を持つ笑い声の大きな大将さんについていった。私の可愛い可愛い弟の隣を歩くのは見慣れたあの人達。いつだって馬鹿みたいに元気で強くて優しかったあの人達。そして時々総ちゃんをおぶってくれるのは、長い髪を揺らし歩く無口で無表情で無愛想なあの人。髪を切ったらきっとおぶった時に髪を引っ張られて痛い思いをすることもなかっただろうに、此処武州では彼はずっと長い髪を揺らし続けていた。

「総ちゃん、近藤さん、」

誰も居ない縁側で一人呟く名前は、とてつもなく優しい響きで私の胸をくすぶる。

「十四郎、さん」

時折直りきらなかった寝癖のついた髪を無理矢理結って不機嫌な顔をしていたこともあった。縁側でうたた寝をしていた私を不機嫌な声ででも優しく、風邪をひく、なんて言いながら起こしてくれたこともあった。戦うあの人の掌は傷だらけで痛々しかったけれど、眠った総ちゃんの頭をそっと撫でたあの人の手の甲は真っ白で浮き出た骨が随分と私の心拍数を跳ね上がらせた。無愛想な人だったけれど本当は裸で川に飛び込む近藤さんや、冷えたスイカで馬鹿みたいに喜ぶ仲間達を見て、綺麗な唇が薄く弧を描く事を私は知っていた。

手を繋いだ事もなければ、口づけをした事もないし、ましてや好きだなんて言われたこともない。だけどあの人が何が大切で、何が好きで、何が苦手で、どれくらい私のことが好きだったか、実は私は知っている。

あの人達が此処を去ってもう随分と経つけれど、私の中の貴方達はいつまでも此処に居た時のまま。鮮やかで元気でいつだって此処にある。みんなの事は風景を切り取った写真のようにくっきりと瞼の裏に焼き付いているけれど、彼だけは違う。
彼だけは私の中、映像で居る。

「…十四郎さん」

私と正面を向いて目を合わせてくれることはほとんどなかったけれど、彼の端正な顔や、凛々しい横顔。低く諭すような、それでいてひどく優しい声も。その髪も腕も体も首筋も、そしてあの人がくれた言葉も気持ちも思い出も、一緒に行った場所も食べた物も誕生日も好物も癖も。
全部私は覚えている、気持ち悪い程鮮明に。 
「…元気でやっていますか」

真撰組の噂はついに武州にまでたどり着いて、その随分な活躍ぶりを教えてくれる。あの頃と変わらないまま近藤さんを大将に、総ちゃんがやんちゃして、十四郎さんが後始末。なんて懐かしい構図。

「きっと貴方はもう、私の顔なんて薄ぼんやりとしか思い出せないんだろうけれど、ね」

それは何も悲しくない。あの人がきちんと生きてる証拠。

「私は此処に立ち止まったままだから、鮮明に思い出せるのですから」

人より弱い体、長持ちはしないだろう。だけれど私はそれでいい。私はずっと此処に立ち止まる。ただ彼にはそうしては欲しくない。生きて、私の弟と。私のことを繋ぎ止めようとしてくれなくていいから、思い出せなくなる事に悲しまなくていいから。

「忘却機能は遺伝子レベルで、組み込まれているんですよ。十四郎さん」

あの人は今日も元気だろうか。




 



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