※ミツバさん命日




ふと、一時期流行ったあるアーティストの歌を思い出した。なんであんなに流行ったかは知らないが、ずっと街にもテレビからも流れ続けて無意識に、ああサビだけ知っている状態である。忘れても構わないことだけれど、別に覚えていても支障はないし、かといって覚えていても役立ちはしないし、忘れたくないわけじゃない。ただ最近、耳にこびりついて、あのどこにでも居そうなあの歌手の陳腐な歌詞が頭から離れないのだ。

「副長、顔色悪いですよ?今日は休んだらどうですか」
「…うるせえ、なんともねえよ」
「でも副長、自分の顔鏡で見てくださいよ。随分とひどい顔ですよ」
「…るせえ、それより山崎、コーヒー」
「…ったく、無理せんでくださいよ」

パタパタと山崎が走っていくのが聞こえる。あいつ監査の癖に随分足音でけえな、なんて考えながらまたあの歌手のサビが頭の中でリピートされる。


「人間にはね、忘却機能が備わっているんですよ、それも遺伝子レベルで。大切な人をなくしても生きていけるように、だって悲しいことをひとつも忘れられなかったら辛くて辛くて生きて行けないでしょう。だから、人間だけに備わった特別な機能なんです」

いつだったか、まだ俺の髪が長かった頃彼女が話してくれた。あの時は話半分で聞いていたつもりだったけれど、案外事細かに覚えている。確かあの時俺の意識が彼女の話に向かなかったのは、話をしている女の指にある前日にはなかった傷に気をとられていたからだった。
その時の彼女はいつにも増して穏やかで、柔らかくて、ふわりと笑っていた。ような気がする。どうして急にあの話を俺にしたかは分からないけれどどうせ俺は気の利いたこと一つも言わず、彼女をまた笑わせたのだろう。

「副長、お茶どうぞ」
「はあ?俺ァコーヒー持って来いって言ったんだ」
「どうせコーヒー飲んでもう一頑張りとか考えてたんでしょう、させません。あったかいお茶飲んで寝てください」
「ガキか俺は!」
「無理は禁物って言ってるんです」
「今日は言うじゃねえか山崎」
「どうせ、働き詰めで仕事のことだけ考えてれば忘れられるとでも思ったんでしょう」
「はあ?」
「でもそれは忘れたんじゃなくて頭の隅に追いやっているだけですよ、副長」

この地味野郎、なんでも分かっているみたいな顔しやがって。無駄に人間観察が得意でほんとうにムカつく、どうして、こう。

「…もういい寝る、下がれ」
「そうしてください、おやすみなさい」

山崎が煎れたての熱いお茶を置いて部屋を出ていく。実はどの女中の煎れる茶よりこいつのが美味いというのはどういう了見なのか、本当あいつはパシられ精神が板についている。そんなあいつみたいな優秀な部下が集まって真撰組は強くなった。たくさんのものと引き換えに強くした、俺が。

「…もう、忘れた、もう遅い」

あの日あの時傷だらけの体を引きずりながら病院に向かう車の中あの名前も知らない歌手の歌が流れていた。ぼんやりしていく頭の中で消えそうな位白い彼女の顔がかすめた。
大好きなことなど周知の事実で、愛していたことなどわかりきっていた。なのにどうして。

「ミツバ、ミツバ」

「…ミツ、バ」

名前とか誕生日とか好物とか癖とか物腰とか行った場所とか思い出とかそんなものじゃなくて、どうして肝心の声が顔が体が消えていく。あの時流行っていた歌などどうでもいいのに、あの時見た顔が消えていく。まだ俺も彼女も髪が長かった頃の、そんな忘却機能だなんてどこで聞いてくるかわからないような話を覚えているより、その時の笑う彼女の顔を思い出したいのに、語りかける声を思い出したいのに、どうしたって出てきてなどくれない。
最期まで総悟の良い姉であったあいつの、綺麗な顔が思い出せない。屯所を訪れた髪を短く切って、更に艶めかしい女になったあいつの顔が思い出せない。
写真を見ればミツバだと分かる、声を聞けるものがあるならばすぐにミツバの声だと分かる。だけど俺の中にはなに一つ染み付いちゃいない。
忘却機能など必要なかったのに、忘れてしまう事の方が辛いと、どうして分かってくれないのだ。遺伝子レベルで組み込まれたその機能に俺は抗うことができずに今日も生きていく。






 





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