「ちづー」
「はい!どうしました?」
「呼んだだけだ、気にすんな」
「なんですかそれ、もう」

俺の妻は、ひらがな表記すると可愛いと最近気付いた。ふと紙の端に自分の名前と千鶴の名前を書いてみて「ちづる」のあまりの丸みと柔らかさに思わず本人を眺めているようで笑みが零れたのだ。

「歳三さん、なに見てるんですか?」
「ん?いや、特に何か見てた訳じゃねえが」
「でもお顔が緩んでいらっしゃったので」
「あー、お前のこと考えてた」
「…なっ、歳三、さっ」

千鶴、と呼びはじめた時、なんとなくくすぐったいような、一線を越えてしまいそうな、むず痒い感情を覚えた。名前を呼ばれた時、ああ必要とされてるんだという顔をする千鶴が健気で可愛くて思えばこの頃からきっと俺はこいつの柔らかさに随分侵食されていたんだと思う。

「千鶴、ってどんな意味を込めてつけられたんだろうな」
「そうですねえ、千鶴…千鶴…」
「知らねえのか」
「ええ…恥ずかしながら」
「でもまあ、お前に良く似合う名前だ」
「…ありがとうございます」
「千鶴が小姓になったばかりの頃は、小せえ癖に随分しゃんとした頑固な女だと思ってたよ」

なにかの書類か、文かなにかに、雪村 千鶴と書いて、随分角ばったキリリとした名前だなと思った。白さや小ささに似合わず頑固な、凛とした女だと気付いてからは親も随分似合う字面を当て嵌めたものだと感心したこともあった。それを思ったのは多分、鬼が聞いて呆れる程こいつに惚れ込んだ後だったと思う。

「だけどお前、自分の字ひらがなで見たことあるか」
「あるとは思いますけど、やっぱり最近は漢字しか見ませんねえ」
「ちづる、ってすげえ丸いぞ。お前みてえ」
「どっ、どういう意味ですか!?」
「ははっお前が思ってるような意味じゃねえよ」

ぷくっと頬を膨らまし、真っ赤な顔をした千鶴が怒ったようにそっぽを向く。確かに戦場に居た頃よりは少なからずふっくらとはしたと思うが、太ったというよりは、女の丸みが増したというのか。まるで親父のような考えだが。

「お前はもうちっと太ってもいいな」
「もうこれ以上は太らないです!」
「拗ねんなよ」「そんなこといったら歳三さんだってひらがなだと丸いんですからね」
「あん?俺ァ太った気はしてなかったがなあ、まあ筋肉は落ちたかもな」
「違います、なんかこう、雰囲気とか眼光の鋭さとか、笑みとかがふわっとしました、か?」
「疑問形かよ、俺が言いたかったのもそういう事だよ」

新撰組の雪村千鶴、はどう見ても弱くて脆い少女だったのに弱音も愚痴も言わずついてきた。なのにどうだ。今は歳三さん、とてとてと後からついてきては拗ねて、泣いて、怒って、弱音を吐いて。随分丸く柔らかく可愛くなったもんだ。

「ゆきむらちづるってひらがな、可愛いよなあ」
「もう、わかりましたよしつこいです」
「あっ、違えじゃねえか。ひじかたちづる だろ」
「歳三さん私が土方さんって呼ぶと怒るのに」
「すまんすまん、でも土方千鶴も土方歳三も結構丸いな」
「二人とも、丸くなりましたね」
「そうさなあ、まあ、お前のおかげだよ。千鶴」
「口ばっかり本当に達者で」


ふわりと笑う彼女と、こんなにも穏やかになった自分が、柄にもなくくすぐったくて、今はもう無い、長かった髪の毛が揺れた様なこそばゆさを感じた。変化を誰よりも恐れた俺達と、俺自身が、変化を受け入れて笑えるようになったその理由は、年を取った、ただそれだけ。


(ちづのおかげとは言わねえからな)
(はい?)
(なんでもない)
(なんですかもう)



 



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