(転生)



「にんじんないかなあ…にんじん」

冷蔵庫の開放時間が長いことを警告する音がピピーッと鳴った。

「ええ、ごめんなさいもうちょっと…にんじんを」

誰も居ない部屋で冷蔵庫に向かって話しかける私はどこまでもバカっぽくて痛いのだろうけど、それほどまでに私ははしゃいでいるのだ。

「あっ…土方先生にんじん野菜室に入れてない」

苦闘の末出てきたにんじんはかっちこちに冷たくなって冷凍庫の隅に転がっていた。

「どうしたらにんじんを冷凍庫にしまおうなんて思うんでしょうか…」

あの土方先生が冷凍庫ににんじんをほうり込む姿を想像するとなんだか笑いが込み上げて来る。案外器用そうに見えて杜撰な料理をしていそうだ、とこっそり笑った。

そわそわとたくさんの品目を作る千鶴の立つ台所は、普段は土方先生が一人で立っているであろう場所で、たまには二人っきりでゆっくりしてえな、なんていう土方先生の一言で決まったお泊りがなければきっとまだまだきちんと立つことはなかっだろう。

「あと10分くらいかな…」

職員会議が終わったらすぐ帰るから6時には帰る、鍵ちゃんと閉めて待ってろよ。あ、気をつけて俺ん家まで行けよ。裏道は通るな。じゃあ後でな

と昼間学校で言われて一日頬が緩みっぱなしだった。あの人は時々とんでもない爆弾を学校で仕掛けて来るから危険だ。私があたふたするのを楽しんでいるかのように、全く困ってしまう。
そんなことを考えていると鍵がガチャガチャと乱暴に回される音がした。

「遅くなった、千鶴」
「はい、お帰りなさい」
「そうか、ただいまか」
「別に遅くありませんでしたよ?まだ6時前ですし」
「馬鹿野郎、少しでも長く一緒に居てえだろ」
「わっ、わっ…急に爆弾発言を…!あああお鍋が!」
「着替えてくる、火傷すんなよ」
「もう、先生っ!」

意地悪な笑みを浮かべて土方先生が寝室へと入る。振り回されてばかりだというのにこうも毎回ときめいてしまう自分も自分だ。

「なあ、これ運んでいいのか」
「はい!あと箸もお願いします」
「はいよ」
「これ運んだら終わりなので、待って居てください」
「おう」

部屋着を着た土方先生が食卓につく。まるで新婚さんみたいなんて口には出せなかったけど。

「これで全部です」
「こりゃ随分豪華だな」
「ちょっとだけ、ちょっとだけ頑張りました」
「…ありがとな千鶴」

ちゅっとわざとらしい音をたてて土方先生の唇がほっぺたに触れる。

「さて、いただきまーす」
「もう土方先生!」
「お、うまい」
「聞いてますか!」
「うまいよ」
「ありがとうございます!」

くつくつと笑う土方先生にデザートはあげませんなんて意地悪を言ったら更に笑われた。なんだか、ああ夢みたいに私今幸せなんだと思った。大好きな大好きな人のご飯を作れて、一緒に食べられて、おいしいよと言ってもらえて、まるで夫婦のように。

「昨日、野菜とか、肉とか歯ブラシとかタオルとかお前が来るから買ってきたんだけどさ」
「えっ、食材はまだしもそんなものまで…!」
「俺ん家に置いときゃいーさ、どうせ来た時は使うんだし」
「はい…」
「それでさ、なんか幸せだったよ」
「え?」
「一人分の食材が二人分に増えるとか、ピンクの歯ブラシが増えるとか。なんか幸せだった」
「なっ…」

こんなにも私、幸せでいいのだろうか。土方先生に前世の記憶があるのかは定かではないけれど、この人はきっと遠い昔のあの日からずっと私を想っていてくれたのだと確信できるような笑い方を土方先生がするから。そんなことを言ってくれるから。

「…土方せんせ、」
「なあ千鶴、話し半分で聞いてくれ」
「…はい」
「前世なんて、聞いたら笑うか?」
「前世…わ、笑いません!だって私、土方さんと!」
「土方さんて、なんだお前…覚えてたのか。なんだ…覚えていなかったら重荷になるからと思って話さなかったんだが…とんだ誤算だ」
「土方さんこそ…!」

交わした約束。必ず迎えに行くから、必ずもう一度会える、必ずもう一度会おう。そんな二人の約束を忘れずに居てくれたのかと。

「よかった千鶴、千鶴。会えて本当によかった」
「土方さっ…歳三さん…!」

食卓を避けるように、身を乗り出した土方さんが私を抱きしめる。

「これからはもう離れる心配なんかないから、絶対大丈夫だから、一緒に…一緒に」
「はいっ…」

ずっとできなかった未来の約束を、今こんなに簡単にできることが嬉しい。確かな形なんかなくても確かに未来は先にきちんとある。

「私あなたを、ずっと想って暮らして…」
「…ああ」
「…会いたかったんです!ずっと、ずっと」

  
とてつもなく寂しかった。人の温もりの無くなった隣の布団、一人分減った食材、静かになった家の中。使われなくなった貴方の物。全部全部、寂しくてたまらなかった。
泣きたくてたまらなかった。

「でも歳三さんが、最後まで私を愛していてくれたから。次も見付けて、選んでくれると言ったから」

生きて行けた、遠い昔の話。

「千鶴、千鶴」
「…はい」

今こうして二人で暖かい食卓につけること、目の前で相手が笑うこと、泣いたあなたを抱きしめること、抱きしめてもらうこと。ずっとずっと待ち望んでいた、恋い焦がれた二人の形。

「先生…シチュー冷めちゃいます、食べましょう」
「そうだな、冷ましちゃ勿体ねえ」
「また、二人分に増えました」
「そのうちもう一人分増えるといいな」
「まっ、まだダメですよ!」
「わかってるよ、オラこぼすぞ」

二人分のものがどんどん積み重なっていけばいいのに。永遠など欲しくないからこの人と二人で生きられる未来を頂戴、毎日の様に願ったあの夢が形を変えずにここに在る。

「あ、土方先生。にんじんは冷凍庫に入れちゃダメです」
「ちょっと前に買ったやつだったから冷凍したほうがいいのかと」
「だからって生でほうり込むなんて」
「はい、気をつけます。嫁さん」
「…っ!からかわないでくださいっ」

先生に戻った彼を、いつかまた歳三さんと堂々と呼べる日まで二人は小さな秘密と約束を重ねて守って、二人で生きていく。




 



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