「出てくれるって?!ありがとう!本当にありがとう!」
言い直しや言い訳をする間もなく、勢いよく立ち上がった先輩が俺の両手を取ってぶんぶんと振って、畳み掛けるように参加決定と礼を口にした。晴れ晴れした表情の先輩とは対照的に、絶望的な気分が押し寄せて逃げ出したくなる。
「……もう終わりなんでとにかくゴールしてください」
「分かった!後で中庭までよろしく!」
意気揚々とお化け屋敷体験を再開した先輩を見送って、今度は俺が頭を抱える。なんでこんなことに。
「堰大丈夫か?なんか絡まれてなかった?」
「大丈夫……」
先輩が止まっていたので、中々来ないのを心配して見に来てくれたらしい桐嶋が声をかけてきた。返した大丈夫は自分に言い聞かせる言葉だ。名乗らなくて良い、喋らなくて良い、それならすぐに着替えてしまえば誰にも気づかれないはず。可能性のある桐嶋は興味なさそうだったから見には来ないだろう。
「本当に大丈夫か?なんか顔白いぞ」
「……ライトのせいかな。悪いけど、用事頼まれたから先に抜けるね」
校内放送で今度は女装コンテストの案内が流れる。生徒の参加も見学も自由で、本格的な片付けはコンテストの後だ。たぶん一般参加者の退場を誘導しやすくする狙いがある。俺はこれからそれに出場しなくてはならない。
「大丈夫、大丈夫」
いつもより人が多い学校は熱気で暑いはずなのに体が冷えていくのが分かる。すれ違う人たちが見に来ませんようにと祈り、おまじないのように大丈夫と呟きながら会場に向かった。