暴れたり怒鳴ったりする困ったお客さんも居なくて、それなりに楽しんでもらえて比較的平和に時間が過ぎていった。ロッカーの中でこっそりスマホを出して時間を確認する。そろそろ後半も終わりが近づいている。最後のひと踏ん張り、と段ボール製凶器を構え直したところで、力無いノックが響いたのでゆっくり出る。
「僕と遊ぼう」
「わっ!……え?待って!」
お客さんはうちの生徒だった。なんか変な反応だなあと思ったけれど、台本通り追いかけようと足を踏み出す。
「ちょっと失礼!」
「えっ」
ロッカーに押し戻されるように手が伸びてきて、突然前髪をかき上げられて顔を近づけられた。まさか襲われるとは思わず、抵抗するどころか呆気に取られて立ち竦んでいると相手は興奮気味に俺の肩を掴んだ。
「やっぱりそうだ!やっと見つけた!」
これを言われるのは今日2回目だけれど、寮長の時とは全く別の種類の恐怖。素顔を知ってる?
「な、なんですか」
「堰くん、助けて!」
助けてほしいのは俺の方だよ。逃げたところで意味がないというか、ロッカーに押し込められている形で逃げられないので話を聞くしか選択肢はない。
「助けるとは……」
聞きながらふと彼の顔に見覚えがあることに気づいた。藤寮の先輩だ。確かこの前、お風呂で……と思い出してものすごく嫌な予感がした。