彼と彼女の関係

 数年前にナンパから助けた女と恋に落ちた――なんて、夢物語のようなロマンチックな出来事が身近で起こるなど誰が予想できただろうか。それも、その渦中にいるのは『傍若無人』の権化とも言われる自分の親友である。
「聞いたぜ、松田。この前のデートの時にデイジーちゃんの元カレと修羅場ったんだって?」
「なんでんなコト知ってんだよ……」
 一人黙々とカレーを頬張っていた松田がじとりとした目を向けてくるので、萩原は自分達と同じテーブルに座っている降谷と諸伏を指した。
「尾行してもらってた」
 慌てた諸伏が手を振って否定した。
「違う違うっ! あの後、俺達も同じ方向に用があって向かったんだよ。あの辺に本屋があっただろ?」
「まあ、香水をプレゼントするなんてお前にしてはスマートだったんじゃないか? そのプレゼントを贈る意味を理解しているのかは謎だが……」
「あ? 意味? んなもん知らねえっつの……」
 誤魔化すどころかしっかり一部始終を目撃していた降谷に、松田は面倒臭そうに言葉を返した。
 あらやだ、と萩原はわざとらしく女のような仕草で口元を手で覆い隠し、ニヤニヤと笑った。
「知らないのかよ陣平ちゃん。男が女に香水をプレゼントするのは『こいつは俺のモノ』っていうマーキングみたいなものなんだぜ? 独占したいって心理なの」
「あっそ。だいたい合ってんじゃね? アレ俺も好きな香りだったし。匂いって人の記憶に残りやすいんだろ?」
 図太いというか、肝が据わっていると言うべきか。
 松田の反応に萩原達は唖然とした。
 独占欲というのは度が過ぎれば嫌厭されるので、大抵の人はさりげなく表現するものだ。だが、松田の場合はまるでそうあることが当然とも言いたげな反応だった。悪く言えば横暴、良く言えば素直すぎるのである。
 物言いたげな仲間達に、松田はぎゅっと眉を顰めた。
「……んだよ。言いたいことあんならハッキリ言えよ」
「陣平ちゃんさぁ……ホントそーゆートコが男前だよな」
「はあ? どーゆートコだよ……」
「まあ、分からないならそれでいいんだけどよぉ……」
 訳が分からん、としかめっ面になる親友に言葉を濁した萩原は、「それよりも」と話題を変えることにした。
「お前、あの子とちゃんと付き合えたんだよな?」
「あー……多分、そう」
「えっ。なんだよ、その自信のない返事は」
「今度デートするって言ってたから、そうなんじゃね? この前までは何度誘っても断られてたしな……最初からお互い好きなのは知ってるし、俺はあいつの言葉を『そういう意味』で受け取っただけだ」
「待て待て待て」
 駄目だこの親友。肝心なところで雑になっている。
 このまま話を終わらせそうな松田に、萩原は一旦ストップをかけた。話を聞いていた降谷と諸伏も呆れ顔だ。
「あのな、松田……そういうのはちゃんと言葉にしておけ。適当に会話の流れで片づけると後で面倒だぞ」
「ぁあ? 誰が適当だって?」
「凄むなよ。ゼロの言う通りだぞ? 彼女のことだからそんな心配はいらないとは思うけど……」
「ちょっと待て。俺はこの前もちゃんと言ったぞ?」
「なんて言ったんだよ?」
「『もう付き合うのになんの問題もねえよな』って」
 ついに萩原達の口からため息が零れ落ちた。
 三人の反応に松田は青筋を浮かべて睨みつける。
「なんだよ! その後であいつがデートするって言ったんだからいーだろ、別に」
「いや、もう二人がそれでいいなら俺も何も言わないけどさぁ……あとで拗れても知らないぜ?」
「……わーったよ。要は確認すりゃいいんだな?」
「確認って」
 いったい何をするつもりなのか。首を傾げる三人を余所に舌打ちして顔を背けた松田は、おもむろに手を伸ばして自分達の脇を通り過ぎようとした誰かの腕を掴んだ。
 どうやら話題に上がっていた彼女がこちらに向かってきていたらしい。見向きもしていなかった松田にいきなり引き止められ、返却口に向かおうとしていた彼女はトレーを持ったままピタリと足を止めた。
「え、何? どうかしたの、松田君」
「ちょっと座れ」
「やだ怖い。もしかして怒られる? 拗ねてる?」
「ガキかよ、拗ねてねーわ。怒ってもねえ」
 素っ気ない松田の言葉に「そっかぁ」と安心したように相槌を打った彼女は大人しく座った。
 その場にいる萩原達の顔を順番に見たあと、彼女は「で?」と松田に目を向ける。
「お前、誰のモンか自覚ある?」
 唐突な松田の質問にひなたはこてんと首を傾げた。
「……? ……松田君じゃないの?」
「ほらな」
「いや、『ほらな』じゃねーよ」
「澄ました顔で見せつけないでくれ」
「そのドヤ顔もやめろ」
「なんだよ! お前らがグダグダ言ったからだろ!?」
 萩原達の一斉攻撃が始まり、松田もすかさず反撃に出た。質問された意図も分からないまま自分そっちのけで始まった口喧嘩に、ひなたは一人目を丸くしていた。
「え、何なに。それ聞くためにわざわざ引き止めたの?」
「こいつらがちゃんと言えってうるせーからよぉ」
「どう考えても言葉足らずだったよなあ、小菊ちゃん?」
「んん? 松田君、ちゃんと言葉にしてくれたよ?」
 萩原の問いにひなたは困惑し、諸伏は肩を竦める。
「駄目だ、萩原。小菊は『やんちゃ』な奴に寛容だから、松田への理解度が高くて当然かもしれない」
「そうそう。松田君、うちの弟によく似てるし」
「だからすぐ弟を話題に出すなっての……」
「今のは諸伏君が話題振ったのに」
「話に乗るな。そもそも俺はお前の弟と似てねえ」
「えー? 似てるよ? 髪型とか、雰囲気が」
「それは確かに」
「おいゼロ……喧嘩売ってんなら買うぞ、コラ」
「やめとく。僕はまだご飯を食べ終わってないんだ」
 馬鹿馬鹿しくなってきたのだろう。睨みつけてくる松田を華麗にスルーし、降谷はさっさと食事を再開した。それに倣って諸伏も手を動かし始めたので、味方が減った萩原は唇を尖らせるしかない。
「もー。小菊ちゃんの包容力、レベルが高すぎない?」
「そうかなぁ? 普通だと思うけど……」
「どこがだよ。あ、陣平ちゃんに『あの事』話したの?」
 萩原の言う『あの事』とは、数年前にひなたがナンパされているところを松田に助けられた時の話だ。
 ひなたは困ったように笑い、なんの話題か知る由もない松田は不機嫌な顔で二人を睨みつけた。
「なんの話してんだよ?」
「んーと……私と松田君が会ったことあるって話……?」
「はっ!? 俺とお前が!? いつ!?」
 目を丸くして驚いている松田は本当に覚えていないらしい。だが、それも当時のひなたのことを思い返してみれば仕方のないことだと思い、萩原は助け船を出す。
「高校の時にナンパから助けた子いただろ?」
「覚えてねーよ、んなこと……」
「いやいや。さすがに自分の歯が欠けた事件は覚えてるっしょ? あん時お前謹慎にまでなったんだけど」
「あー……そういやぁ、なんかいたな? 『人の女横取りしやがって』みたいな難癖つけてきた奴」
「松田……お前、高校の時からそんなだったのか……?」
「ほっとけ! いちいち絡んできてウゼーから全部返り討ちにしてやっただけだっつの」
「あれ、駅前で彼女に必死に声かけてた男に松田が『ダセー』とか言うから逆恨みされたんだよな」
「待って。逆恨みされたとか今初めて知ったよ……!?」
「だって今教えたもん」
 さらっと告げる萩原にひなたは愕然とした。その隣で松田は顎に手を添えながら昔の記憶を辿っている。
「……嘘だろ? ほとんど記憶にねーけど、確かそん時に見た女、がっつり髪が赤かったぞ? メイクもしてたし、結構派手に遊んでる感じだった気がすんだけど……」
「やめて松田君……もう思い出さないで……」
 本当にあれがそうなのか、と自分を凝視する松田に、ひなたはプルプルと震えながら両手で顔を覆い隠した。その反応が真実を物語っており、松田を含めた男達は言葉を失う。唯一苦笑いで済んだのは萩原だけだ。
「ん? ちょっと待て……ってことはお前、最初から――」
「そう言えば私、教官に呼ばれてたんだった!」
 何かに気づいたように言葉を発した松田に、ひなたは弾かれたように立ち上がって逃げていく。ぽかんとその後ろ姿を見送る松田に、萩原はにんまりと笑った。
「一途な彼女持って幸せ者だなぁ、陣平ちゃん?」
「マジかよ……!? くそっ、あとで問い詰める!」
 初めて知った事実に顔を赤くしながら頭を抱える松田に「そこで照れるのかよ!」と萩原達は堪えきれず噴き出した。もちろん松田は三人を睨みつける。不満げな顔をする親友に、萩原は笑いながら揶揄うように言った。
「お似合いだぜ、お前ら。末長く仲良くしてろよ!」


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