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A Happy New Year 2021

 雄英高校の学生寮『ハイツアライアンス』は、年末になるにつれて物寂しい雰囲気になる。一年の頃は毎日賑やかな空気が漂うこの寮から人の気配がなくなる感覚に慣れず落ち着かない休みを過ごしたが、三年目ともなるとそれもなくなり、今年も帰る場所を失った自分に最後まで「今年は残るよ?」「うちに来てもいいんだよ?」と何度も声をかけてくれるみんなを笑顔で送り出した。
 全員を送り出したあとは、誰もいない共同スペースを黙々と掃除した。昨日も大掃除で大まかに済ませたが、やはり細かいところまでは行き届いていないのだ。掃除機をかけて、雑巾がけをして、窓ガラスの汚れも綺麗に拭き取った。
 そうして時間を潰していると、年末年始も仕事に明け暮れている相澤先生が壊理ちゃんを連れてやって来る。
「まだ掃除してたのか、佐鳥」
「暇だったので……壊理ちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは、センリさん」
 お昼時になると二人がやって来るのも一年の頃から変わらずだ。食材の入った袋を持って駆け寄って来る彼女を見下ろして、私はやんわりと微笑んだ。
「今年もすき焼きにするんですね」
「うん! お鍋の料理はみんなで食べたらきっと美味しいからって……あっ。今日はルミリオンさんもサンイーターさんもいないですけど……」
「そうですね、お二人が来られないのは残念ですが……私もみんなと食べるご飯が大好きです。今日は特に寒いですし、きっと美味しいですよ」
 私がそう言うと、壊理ちゃんは嬉しそうに笑って袋の中身を見せて今日使うすき焼きの具を説明をしてくれた。その途中で相澤先生をチラチラと振り返りながら自分の苦手な具は食べて欲しいとお願いしてくるところも愛らしく、私は無条件でそのお願いを聞き入れる。もちろん、普段はそれを許さない相澤先生も耳聡くその声を拾っているが、今日だけは聞こえないフリをしていた。
 食事を終えたあとは相澤先生が仕事を終えるまで壊理ちゃんとトランプやボードゲームをして遊んだりして時間を潰す。これも例年のことだが、やっぱり兄貴分の二人がいないので張り合いがなく、自然と共同スペースでテレビを見ながらのんびりと過ごしていた。
 そうこうしていると、あっという間に時間は夜になる。
「それじゃあ、俺達はそろそろ戻るが……大丈夫か?」
「三年目にもなれば、流石に慣れましたから……お二人とも、良いお年をお迎えくださいね」
「ああ、良いお年を」
「センリさん、また明日!」
 暗くなった夜道を歩いて行く二人に手を振りながら見送り、さて、と一抹の寂しさを振り払ってから寮の中に戻る。静かな共同スペースに響くテレビの雑音が少し虚しく感じるが、それでも一人の部屋に戻る気にはなれず、紅茶を淹れ直してソファーに腰かけながらぼんやりと年越しのカウントダウンを待つことにした。
 慌ただしく寮の玄関の扉が開いたのは、もうすぐ日付が変わろうとしていた頃だった。
 うつらうつらとしていたところでバタンッと大きな音に驚き、私はビクリと体を震わせて振り返る。そして、そこに立っている人物を見て目を丸くした。
「しょ、焦凍……?」
 この寒い中をずっと走っていたのか、鼻の頭まで赤く染めた彼の呼吸は珍しく息切れしていた。そんなに急いで戻って来るなんて忘れ物でもしたのだろうか。そう思いながら歩み寄ると、焦凍はいつもクールなその顔にやんわりと穏やかな笑みを浮かべた。
「良かった……ここにいたんだな。少しもメッセージに既読つかねぇから、心配した」
「あ……すみません。壊理ちゃんが来ていたので、スマホを部屋に置きっ放しにしていて……」
 机の上に残っている壊理ちゃんが使った来客用のコップを見つけ、焦凍は「ああ」と納得した様子だった。
「そう言えば、毎年お前と過ごしてるって言ってたな。スマホは俺のがあれば大丈夫だから、気にすんな。それより、ここで寝るなって言っただろ。また風邪ひくぞ」
 小言を言いながら自分が羽織っていたコートを私の肩に羽織らせる彼に、それより、と私は疑問を口にした。
「あの、どうして戻って来たんですか? 何か忘れ物でもしたんですか?」
「そうだな。大事な忘れ物だ」
「言いながらスマホ触るのやめましょうよ……前にもエンデヴァーさんに怒られたでしょ……」
「今は親父のことなんていいから、ちょっとそこ座って待っててくれ」
 一体どうしたのやら。不思議に思いながら全く聞く耳は持たない彼に促され、私は大人しくソファーに腰かけて待つ。
 そしてカウントダウンが始まろうとしたその時、準備が整ったのか私の隣に腰かけた焦凍が自分のスマホの画面を私にも見えるように掲げた。しかし、そこは真っ暗のままで何も映っていない。
「緑谷、いいぞ」
「え、緑谷さん?」
 もしかして、流行りのテレビ電話でもしているのだろうか。そう思った時、年明けのカウントダウンがゼロになる直前で共同スペースのテレビの画面が切り替わった。

「「「明けましておめでと〜(ございます)!!」」」

 ここにはいない総勢十九名の顔がテレビ画面に映し出され、私は目を丸くした。ちなみに私と焦凍の顔もばっちり画面に映っている。
「な、な……な……!?」
「あはは! 佐鳥驚きすぎ!!」
「どっきり大成功だね!」
 三奈ちゃんと透ちゃんのからかうようなしたり顔に、全員が満足げに笑った。
「え、ええと……あけましておめでとうございます……これは、一体……」
「緑谷と飯田が先生に頼んで、ちょっと共同スペースのテレビを弄ったらしい」
「これハッキングだから、めちゃめちゃ渋られたんだけどね……あ、佐鳥さん、轟君。今年もよろしく!」
「ああ、よろしくな」
 呑気に挨拶を交わす焦凍と緑谷さんには申し訳ないが、その説明だけでは私には全く状況が理解できていない。
 未だに一人だけ戸惑いながら「よろしくお願いします」と頭を下げると、同じように「よろしく」と言ってケラケラと楽しそうに何人かが笑った。
「いやぁ、お前らが一緒に画面に映ってるだけでなんかもう安心するわ……なあ、これ録画していい?」
「あ、ごめーん。私もうスクショしちゃった。佐鳥、あとで送るからね!」
「あ、はい……」
「てか何。上鳴と切島と瀬呂と爆豪、外いんの?」
「おう! 初詣! いーだろー」
「いいなー。ねえ、おみくじ引いた?」
「今から引くとこー」
「あ、俺の中吉」
「俺、大吉」
「うわ、やっべ! 爆豪大凶だ!」
「うっせぇな! 勝手に見んな! 教えんな!」
「だ、大丈夫だよ、かっちゃん。大凶って逆にいい意味があるって言うじゃない。これから運気が上がるんだよ、きっと」
「下手な慰めなんていらねぇんだよクソデク。お前も今すぐここ来て大凶引け」
「なんでそうなるの!? ていうか、そこどこか知らないし!」
「年明け早々に酷いな、爆豪」
「うん、今年も相変わらずだね……」
 わけもわからないまま始まった談笑に瞬きしていた私は、思わずくすりと笑い声を零した。画面越しにいてもそこにはいつものA組の雰囲気があって、見ているだけで楽しかった。
「楽しいか?」
 隣に座っていた焦凍が私を見下ろして尋ねる。その温かい眼差しに大きく頷くと、彼は今度こそ嬉しそうに頬を緩ませて笑った。
「なら、良かった」
 あとで聞いた話、このテレビ通話での年越しを計画したのは梅雨ちゃんとお茶子ちゃんらしい。毎年、年が明けてみんなが寮に帰って来るのを待つ私が一人で年越しを過ごしていることをずっと気にしていたようで、そこに緑谷さんが色々調べて手を尽くしてくれたそうだ。
 こんなにも優しい友達や仲間が今年の春には駆け出しのヒーローとして世間で活躍するのだと思うと、胸が詰まる思いだ。
「そう言えば焦凍、ご家族のことはいいんですか?」
 通話を終えて、部屋に戻る前に私はずっと気にかかっていたことを問う。しかし、焦凍はなんてことない様子で「いいんだ」と首を振った。
「今年は空と過ごすって、決めてたからな」
 そう言って頬に口づけてくる彼の優しさに、敵わないなぁ、と私は胸に込み上げる愛おしさを噛みしめた。


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