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36

「それじゃあ、演習試験を始めていく。この試験でももちろん赤点はある。林間合宿行きたけりゃ、みっともねえヘマはするなよ」
 三日間の筆記試験を終え、演習試験当日。
 A組の生徒達はずらりと並ぶ複数の教師の姿に首を傾げた。
「先生多いな……?」
「諸君なら事前に情報仕入れて何するか薄々わかってるとは思うが──」
「入試みてぇなロボ無双だろ!!」
「花火! カレー! 肝試──!!」
 相澤の言葉を遮り、楽勝と言わんばかりに声を上げる上鳴と芦戸。
 しかし、それは相澤の首元からひょっこり姿を現した根津によってぬか喜びに終わる。
「残念!! 諸事情あって今回から内容を変更しちゃうのさ!」
 一瞬にして上鳴と芦戸が固まった。
「これからは対人戦闘・活動を見据えた、より実践に近い教えを重視するのさ! というわけで……諸君らにはこれから『チームアップ』で、ここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう!」
「先……生方と……!?」
「……」
 やや尻込みした生徒達の中で、佐鳥は真っ直ぐに根津を見つめる。
 自分の捕縛布の隙間に入り込んでいる根津に口を挟むことなく、相澤は彼の説明に続いた。
「尚、ペアの組と対戦する教師はすでに決定済み。動きの傾向や成績、親密度……諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表していくぞ。まず轟と八百万がチームで、俺とだ」
 平然としたまま話を聞いてる轟とは真逆に、八百万の表情が強張る。
 佐鳥は二人を横目に見て、視線をすぐに相澤へと戻した。
「そして次の組は三人。緑谷と爆豪と佐鳥がチーム」
「デ……!?」
「かっ……!?」
 驚く二人の隣で、佐鳥も瞬きを繰り返しながら二人と相澤を交互に見つめる。
「で……このチームのみ教師は二人だ。相手は──」
 相澤が教師の名前を口にしようとしたその時、頭上から大きな人影が落ちてきた。
「私達がする!」
 まず現れたのはオールマイトだ。
「協力して勝ちに来いよ、三人とも!!」
 相手があの『平和の象徴』など、明らかに実力差で不利なのは目に見えている。
(なのに、もう一人って……)
 佐鳥が心の中で毒づいたその時、オールマイトの陰からそのもう一人の教師が姿を現した。
「こんにちは」
 にこやかに挨拶するのは御守だった。
 見たことのない教師の姿に、佐鳥と轟と爆豪以外の生徒が目を丸くする。
「御守先生……」
「えっ……だ、誰……?」
「チッ……やっぱコイツもヒーローだったんか……」
 初対面の緑谷はおろおろとしながら顔見知りらしい佐鳥と爆豪に説明を求めるが、爆豪は当然のこと、佐鳥も苦い顔をするだけで今口を開くことはなかった。
 試験内容における生徒達の目的は二つだ。敵役の教師達にハンドカフスをかけるか、どちらか一人がステージから脱出すること。教師達はハンデで自分の体重の約半分の重りを身に着けるが、全力で生徒達へと向かってくる。
 制限時間は三十分となっており、試験は一組ずつ順番に行うとのことだった。
「実力差が大きすぎる場合、逃げて応援を呼んだ方が賢明。轟、飯田、緑谷、佐鳥。お前らはよくわかってるハズだ」
 職場体験で『ヒーロー殺し』と対峙した四人は、相澤の言葉を真っ直ぐに受け止める。
「戦って勝つか、逃げて勝つか……」
「そう! 君らの判断力が試される!」
 緑谷の言葉に相槌を打ったオールマイト。
 佐鳥はその傍らでにこやかに微笑んだままの御守を見つめ、緑谷と爆豪に声をかけた。
「緑谷さん、爆豪さん……この試験、事前にある程度の作戦を立てる必要があるかと」
「う、うん……そうだね。ねえ、かっちゃ──」
「ふん」
 十組目の佐鳥達は時間に猶予がある。教師との相性も考えた佐鳥の提案に緑谷は頷いたが、爆豪は聞く耳を持たず一人先に歩いて行ってしまう。
「爆豪さん」
 佐鳥は咎めるように少し語気を強くして引き止めたが、爆豪は振り返ることなく去って行く。
 それにため息を吐き出し、佐鳥は辺りに誰もいなくなったことを確認して緑谷に目を向ける。
「……この試験における組み合わせの采配について、緑谷さんなら気づいていると思います。どうしますか?」
「うん。今回の試験、生徒の天敵となる先生を意図的にぶつけてると思う。おそらく、それはかっちゃんも気づいてると思うんだけど……」
「ええ。おそらく二人の場合はオールマイト、私は御守先生です」
「御守先生って、あの優しそうな先生だよね? どんな個性なの?」
「残念ながら、まだ未知の状態です。わかっているのは、彼には私の『千里眼』が通用しないということです」
「えっ!? そ、それってかなりまずいんじゃ……」
「通用しないのは心を視る時だけですので、いつも通り『個性』が使えるなら問題はないのですが……向こうも私の『個性』を把握しているので、おそらく何らかの手は打たれるでしょう。御守先生は間違いなく私を狙ってきます。一緒にいれば確実に足手纏いになるかもしれません。……なので、一つ提案があります。私が御守先生と対峙しますので、お二人でオールマイトから逃げてください」
「そんな……佐鳥さん一人で先生と戦うなんていくらなんでも無茶だよ。副作用のことも……」
「それなら、演習試験前に新しいサポートアイテムを作って頂きましたので問題はありません」
 言いながら、佐鳥は握りしめていた物を緑谷に見せる。
「ゴーグル……?」
「気圧、気温、風向き、大気中の成分濃度を分析する機能を備えたゴーグルです。これがあれば、『個性』を使わなくてもある程度は把握できます。ちなみに暗闇でも対応できよう、暗視機能もついています。暗闇の中で『千里眼』は役に立たないので」
 初めて知った佐鳥の弱点に、なるほど、と緑谷は納得したように頷いた。そしてゴーグルに向けられる眼差しは興味津々であることを隠さず、彼女の手の中にあるそれを凝視していた。
「爆豪さんが一緒であれば大丈夫……でもないと思いますが」
「う、ん……かっちゃんはすごい人だけど、先生二人を相手にしないといけないのは事実だし……でも、現状では僕の頼みの綱は佐鳥さんなんだよね……」
「……今回のチームアップは明らかに私達の仲の悪さを考慮されています。私も爆豪さんとはかなり……そこまで仲が良くないので」
「う、うん……」
「でも、これから先……同じようなヒーローと出会うことだってあります。中には爆豪さんより酷い人がいるかもしれません。……そんな人、敵しかいないと思いますけど」
「……うん」
「あくまでさっきのは提案です。緑谷さんが爆豪さんの説得を試みると言うのであれば、できる限り協力はしたいと思いますが……まあ、望みは薄いかと」
 佐鳥の言葉にしばらく考え込んだ緑谷だが、答えはすぐに決まらなかったようだ。
 困ったように佐鳥を見つめ、申し訳なさそうに言った。
「……あの、試験が始まるまで待ってもらってもいいかな? 僕も少し考えたいんだ」
「ええ、もちろん。……では、私は少し八百万さんの所へ行きます。また、あとで」
 佐鳥は急かすことなく、いつも通り穏やかに笑って頷いた。


 八百万を探している途中、轟と遭遇した。
 しかし同じ組の八百万の姿は見当たらず、てっきり二人も他の組と同じく作戦会議を行っていると考えていた佐鳥は首を捻る。
「轟さん、八百万さんはどうしたんですか?」
「少し水を飲んでくるって。なんか緊張してるみてぇだ」
 佐鳥は轟の返答にどう言葉を返すべきか悩んだ。
 体育祭を終えてから、八百万の自信の喪失は明らかだった。その比較対象は決まって轟や自分であることも気づいている。
 だからこそ佐鳥は試験前の八百万が気になっていたのだが、どうやら轟はそんな八百万の異変を『緊張』の一言で片づけてしまったらしい。
「……相澤先生への対策は立てられたのですか?」
「ああ。大体は考えがついてる」
「……? ……お二人で考えたのではなく?」
「? いや、まだ作戦は話してねえ」
「……」
 佐鳥は今度こそ閉口した。
 自分達のチームならともかく、よりによってこの二人がそれでは先が思いやられる気持ちだ。
「……ちゃんと話し合ってあげてくださいね」
「? ああ。わかってる。お前のところは……」
「まあ……なんとかなります。先程、緑谷さんとはお話ししましたので」
 本当にわかっているのか不明なところだが、おそらくわかっていないと思われる。
 佐鳥は軽く息を吐きながら肩を竦め、当初の目的通り八百万を探すことにした。
「それじゃあ、私は少し八百万さんに用がありますので……試験、頑張りましょうね」
「おう」
 その時、轟の瞳が柔らかく笑んだ。
 いつも鋭いその眼差しがとろりと甘く穏やかに凪ぐのを見て、佐鳥は思わずどきりとして視線を逸らす。
 ──やはり、その目に慣れるにはまだまだ時間がかかりそうだった。


 佐鳥が八百万を見つけたのは、切島と砂藤のペアがリタイアしたという放送を聞いた後だった。
 八百万は自販機の近くのソファーに腰かけていた。
 一人ぽつんと途方に暮れた表情で俯いている彼女を見つけ、佐鳥は真っ直ぐに彼女の傍へと歩み寄る。
「轟さんと作戦を立てなくてもいいんですか?」
「! 佐鳥さん……」
 声をかけて初めて佐鳥の気配に気づいたらしい。そこまで思いつめていることに自覚がないのか、佐鳥を見た八百万は物憂げな眼差しを足元に向けた。
「どうして、ここに……」
「私も水を飲みたくて。相手が相手なので、少し緊張しているみたいです」
「ご冗談を……佐鳥さんは自分の実力に自信がありますでしょう?」
 自販機に手を伸ばした佐鳥の手が一瞬だけ止まる。しかし、それは一瞬のことで、彼女は迷わず水を購入する。
 がたんと音を立てて落ちてきたペットボトルを抜き取り、佐鳥は八百万を振り返った。
 何を考えているのか全く読めないその無感情の瞳を見つめ返し、八百万は力なく笑った。
「いつも堂々としていて、その場の状況で最善の作戦も立てられて……それに比べて私は……」
「最近の八百万さんは私達と自分を比べてばかりですね。スキルも経験も違う他人と比べても、自分の成長には繋がりませんよ」
 無遠慮に、かつ直球に、佐鳥は淡々と告げた。
 なんの配慮もない言葉が真っ直ぐに飛んできて、八百万は言葉に詰まった。それが胸に突き刺さったのだろう。ひどく落ち込んだ様子で項垂れる。
 そんな八百万をじっと見つめたあと、佐鳥は彼女の隣に静かに腰を下ろした。
「入学してすぐの頃……委員長や副委員長を投票で決めたとお茶子ちゃんから聞きました。最初、委員長には緑谷さんが選ばれていたけれど、そのあと緑谷さんの推薦で飯田さんに決まったと」
「そ、それが何か……?」
「その時、八百万さんもまた委員長に相応しいと、誰かに認められていたのではないのですか? 周りをよく見て冷静に状況を判断できる人間だと、あなたになら任せてもいいと、そう信頼されていたのでは?」
「!」
 八百万は目を丸くして顔を上げた。自分と似た黒の瞳が、冷たさを一変させて温かな色を浮かべた。
「きっとその人は今も八百万さんを信頼してくれていると思いますよ。……私のように」
「……っ」
 八百万の瞳が揺らぐ。その目に薄らと水が浮かび上がるのを見て、佐鳥は今度こそ口元に笑みを浮かべた。
 すると、そこで蛙吹と常闇のペアが試験クリアしたとアナウンスが流れる。
 二人はその放送を聞きながら、ゆっくりと腰を上げた。
 次は飯田と尾白のペアの番だ。そろそろ八百万も轟と合流してスタンバイしなくてはならない。
「……絶対に合格しましょうね、クリエティ」
「! ……ええ。お互いに最善を尽くしましょう、センリ」
 さっきまで思い悩んでいた表情は少しだけ晴れて明るくなっていた。
 少しだけ力強さを取り戻した瞳で佐鳥を見つめ返し、八百万は試験のステージへと向かって行く。
 その背中を見送り、佐鳥は一人静かに買ったばかりの水を喉に流し込んだ。
(……さて……私達はどうしたものか……)
 爆豪があの調子では作戦会議などできるはずもない。
 自分が立てた作戦も、現状では最善とは言えないだろう。
 緑谷がどんな答えを出してもいいように試験をどうクリアしていくか考えながら、今度は佐鳥が一人静かにその場で思い悩むのだった。


 *** *** ***


 着々と試験をクリアする者、リタイアする者が続く。そのアナウンスを聞きながら自分達の試験のステージへと向かった佐鳥は、その大きな扉の前で佇む一人の少年を見つけ、困った顔をした。
「……爆豪さん」
 爆豪は肩越しに佐鳥を見ると、声を発することなく視線を前に戻した。
 佐鳥はその反応にどうしたものかと肩を落とし、少し距離を置いて彼に話しかけた。
「爆豪さん、私達と協力したくないという気持ちはわかりました。ですが、おそらく今回の試験は『三人で』協力できなければ確実に不合格となります」
「……うるせえ」
「うるさくないです。話し合いをしなければ何も始まりません」
「うるせえつってんだよ」
 静かに、唸るような声は嫌悪と憎悪を孕み、ギロリと佐鳥を睨む瞳は闘志を滲ませた。
 佐鳥は呆れたようにその目を見つめ返し、腕を組んだ。
「あなたのそのプライドの高さは美徳でもあるのでしょうが、言動の横暴さはいつか足を引っ張りますよ。いい加減、引き際を覚えてください」
 刹那、ぶぉんと爆豪の掌が風を斬った。
 それは佐鳥の目前でピタリと動きを止めたが、微かに汗のような香りがいつでも彼が攻撃を放てる状態であると証明していた。
 しかし、佐鳥は動じることなくそのままの姿勢で爆豪を見つめ返す。
 きらりと光るその瞳が自分をしっかり捉えていることを確認して、爆豪はますます腹立たしそうに顔を歪めた。
「偉そうに俺に指図すんなクソ人形が」
「感情のまま攻撃したければどうぞ。その時点で私は二度とあなたをヒーローとは認めませんが」
「っ……この──!」
『峰田、瀬呂チーム、条件達成』
 鳴り響いたアナウンスに、爆豪は動きを止める。
「か、かっちゃん! 佐鳥さん! 何してるの!?」
 続けて、緑谷が駆け寄って来る。
 その姿を捉えた爆豪は苦い表情で舌打ちを零すと、二人に背を向け今度こそ振り返ることはしなかった。
 佐鳥は緑谷を振り返る。
 きらりと輝く瞳で彼を見つめると、緑谷はハッとした表情のあとに申し訳なさそうに俯いた。
「……ごめん」
「……いいえ。それが、あなたの望みなら」
 佐鳥はそう言ってゴーグルを装着した。
 そして、アナウンスが響き渡る。


『爆豪、緑谷、佐鳥チーム。試験、開始』


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