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26

「話すと言っても、自分のことを話すのは苦手なのでどこから話せばいいのかわからないのですが……」
 三人をそれぞれのベッドに座らせたあと、自分も三人の顔が見える位置に椅子を置いて座った佐鳥はそう言って視線を手元に落としながら口を開いた。
「……三人とも、無個性の子どもを狙った連続誘拐事件についてはご存知ですか? ちょうど私達が小学生の頃の話です」
「オールマイトが捜査に協力していたやつかな? 確か、犯人は個性に関する研究をしていて、攫った無個性の子どもを使って『個性実験』をしていたっていう……」
 流石『ヒーローオタク』の緑谷である。憧れの人が関わっているということもあって、すぐに答えが出てきた。
 佐鳥はこくんと頷いた。
「私が複数の個性を持ち合わせているのは、その実験の『成功例』だからです」
 緑谷と飯田が目を見開き、早くも言葉を失う。代わりに、少しだけ事情を知っていた轟が眉を顰めながら問いかけた。
「……ニュースでは生き残りはいねぇって言ってたけど、あれは嘘だったってことか?」
「はい。ヒーロー公安部と警察の助力を得て、表向きは死んだことにしてもらったそうです」
「なんでそんなこと……」
「理由は二つあります。一つはこの事件の犯人がまだ捕まっておらず、唯一成功例として生き残った私に再び接触する可能性があるということ。二つ目は……実験で私に植え付けられた『大気操作』の個性が、あまりにも強力過ぎたことです」
「『大気操作』?」
「簡単に言えば空気のことです。この個性は、大気で起こる事象やそこにあるモノを操ることができるんです」
「大気……そうか! 佐鳥さんが空中で足を踏み込んだ時に風が起こるから気づかなかったけど、あれは圧縮した空気を踏んでたんだね! それであんなに速く動けるんだ……それなら、『ヒーロー殺し』に向けた電撃も指による摩擦で雷や静電気の原理を応用したと考えれば納得できる……だとすれば、佐鳥さんの日常的な副作用も気象病か、それに似た症状だってことだよね。もともとそういう体質だったのか、それとも実験の影響か……?」
「緑谷……お前、すげぇな……」
「本当に頭の回転が早いですね……この程度の説明でそこまで理解されるとは思ってもいませんでした」
「あ、ごめん……佐鳥さんの個性ずっと気になってたから、つい……」
 爛々とした眼差しで今まで見た佐鳥の『個性』を分析した緑谷を轟は目を瞬かせながら素直に褒めたが、当の本人である佐鳥はまさか言い当てられるとは想像もしておらず、その勢いに押されて思わず身を引いた。
 我に返った緑谷は少し顔を赤らめ、話を聞いていた飯田が不思議そうに首を傾げた。
「しかし、佐鳥君の個性は確かに強いと思うが、そこまで危険なものにも感じられないな……」
「それは私が力を調節しているからだと思います。あくまで私はこの力を『補強』として使っていますので」
「どうしてだ? それだけ強い個性なら、汎用性はいくらでもあったはずだが」
「強い個性だからこそ扱いが難しく、使い方を選ばなければならないんです。この個性は大気に干渉する……つまり、私達が生きるのに必要な酸素を奪うことも、天気を操作して自然災害を引き起こすことも可能です。空気を圧縮すれば脳無の時のように体を一瞬で潰すことも……もちろん、強い力はそれだけ反動が大きいですが……」
「なるほど……普段からそんな使い方をされたら、訓練でも僕達には対処する術がないな」
「ああ。加えて証拠も残さず、相手にも触れずに攻撃できる個性だ。悪い奴なら喉から手が出るぐらい欲しがるだろうな。身を隠すために情報操作したのは正解だ」
「うん。こういう言い方は悪いけど……その個性の適合者が佐鳥さんで良かったと思う」
「いえ……私もそう思います。それに、この力のおかげで佐鳥家と縁を切ることができましたので、決して悪いことばかりではなかったんですよ」
 どういうことだ、と三人が視線で訴える。
 古い記憶を辿りながら、佐鳥は物思いに耽るような表情で説明した。
「超常の歴史が始まって以来、私の生まれた佐鳥家は代々国のためにその歴史の裏側で尽力してきた家系です。スパイ活動や漏洩した情報の隠蔽……表では口にできないことをやっています。その中でも身体能力が秀でていた私は幼少期からありとあらゆる暗殺技術を叩きこまれていました。『ヒーロー殺し』の言っていた『暗殺人形』というのは、おそらくあの時期の私を指していたんだと思います。事実、私は佐鳥家から『そうあるよう』に教えられていましたし、事件のあとでは生き残ったのが私だと知ってから何度か佐鳥家に連れ戻そうとされました。父が完全に私と縁を切らなければ、今頃どうなっていたか……」
「佐鳥さんのお父さんって……」
「佐鳥家唯一の跡取り息子です。今も現役で警察庁で働いていると思います」
「警察官!?」
「警察庁てことは……かなりのエリートなんじゃねえか?」
「……詳細は知りませんが、おそらく汚いことを合法で行える場所なんでしょう。何かあれば自分の手でもみ消すこともできる立場だと思います。他にも、佐鳥家所縁の者が何人かそこで勤めているはずです」
 でも、とそこで再び佐鳥の視線は下に向けられた。
「残念ながら、私は父に望まれた存在ではなかったんです。あの人は佐鳥家だけでなく個性そのものを憎んでいて……自分の子どもも無個性であることを望んでいたんです。実際、私は『無個性のフリ』をするよう言いつけられていました」
「なんでそんなこと……無個性だなんて言ったら……」
「ええ。中学までは周りに馴染むこともできませんでした」
 佐鳥は『馴染めない』の一言で片づけたが、それがどれだけ辛いことであるか知っている緑谷の表情は暗くなる。
 曇った表情に気づいた佐鳥は、その心中を察して気遣うようにやんわりと笑みを浮かべた。
「……確か、緑谷さんも最近までは無個性だったんですよね」
「うん……だから、佐鳥さんがどんな目で見られていたかは想像できるよ」
「気にしないでください。私の場合、おそらく『千里眼』の能力を知られても同じ扱いを受けていたと思いますから」
「どういうことだ?」
 轟が尋ねると、佐鳥は一度黙り込んでしまう。
 そして視線を逸らしながら、彼女はぽつりと答えた。
「私が生まれ持った『千里眼』は父の『透視』と母の『サトリ』という個性が掛け合ってできたもの……ありとあらゆるものを見透かす力です。だから、目に見えないものすら見てしまう」
「目に見えないもの……まさかサトリって……」
「そうです。『サトリ』とは人の心を読む妖怪。つまり私は、相手が過去に経験したことや考えていることがわかります」
 緑谷は目を丸くし、けれど腑に落ちた様子で「なるほど」と頷いた。
「時々、佐鳥さんの目が光っているように見えたのは『千里眼』で僕の心を見ていたからなんだね……」
「すみません……普段はバレないようカラーコンタクトで隠していますが、何度かみんなの心を見ながら話していました。中学の頃は隠し事が多いというだけで周りを不快にさせることも多かったので……本心を見て、必要なら距離を取ろうかと思っていたんです」
 観念したように出会ってからのことを白状した彼女に、轟もまた納得した。
「お前が自分の個性を隠したがっていた一番の理由はそれか……まあ、確かに……勝手に心の中を覗かれて平気な奴なんて、あんまいねぇと思うけど」
 以前の轟ならそんなことをされていると知った時点で佐鳥を敵視して遠ざけてしまっただろう。今は彼女ならと許せるだけの情があるが、自分の知らないところで他人に心の内を覗かれるのはあまり気分のいい話ではない。
 仮に親しい相手であっても、自分の秘密が一方的に暴かれるのはできるだけ避けたいところだ。どうして今日まで頑なに佐鳥が自分の『個性』について語らなかったのか理解して、轟は軽く息を吐いた。
 佐鳥は肩を竦めて苦笑した。
「ええ、その通りです。実の両親ですら、この力を疎ましく思っていました」
「疎まれていたって、そんな、実の子どもなのに……」
「父が望んでいたのは平凡な家庭だったんです。無個性の子どもさえいれば佐鳥家と縁が切れると、そう信じて自分を無個性だと偽ってまで母と結婚したのに、母も自分と同じ嘘を吐いていて……そして、その結果に生まれてきたのは皮肉にも自分よりも強い『透視』の能力を持った私で……」
 お互いに無個性だと偽っていた夫婦の間に、待望の子どもができた。それが佐鳥だ。
 生まれながらに身体能力が高く、一族の中でも優秀だと言われる父の子どもであることから佐鳥は期待の目を向けられていた。
「父は個性が発現しても隠し通せばいいと考えていたようですが、無個性のフリをしていた私は例外なく佐鳥家の教育を受けることになりました。おそらく、上手く育てば『捨て駒』になると考えられていたんだと思います」
 だが、その生活には限界があった。佐鳥は自分の生まれた環境が異常であると気づいていたし、周りの子ども達が語る『ヒーロー』についても興味があった。
 だから──幼い佐鳥は自分の手で大切なモノを壊してしまったのだ。
「周りの子と同じ『普通』になりたい……そう思った私は、両親の心を見て『無個性の人間』という嘘を暴いてしまったんです。私のせいで佐鳥家との縁も完全に切れず、母にまで人生をかけた計画をただ狂わされたと知った父は激怒し、私をいない者として扱い、母を責めました。そうして家族関係が拗れたその二年後……母は自ら命を絶ち、私は父によって孤児院に預けられました」
 凍りついた空気の中、俯いた佐鳥は伏し目がちだった瞳を閉ざした。
「自業自得です。あの時、私一人が我慢していれば母を死なせることはなかった。父もまた、一族と縁を切るために別の方法を考えられたかもしれなかった……でも、その可能性を壊したのは私です。天罰が下ったと思えば、当然です」
「そ、それは違うと思う! そんなの絶対におかしいし、大人の勝手すぎるよ……!」
「ああ……人の親をとやかく言いたくないが、無責任にも程がある」
「そうですね……一般的に見れば、父の行いは非難されるものなんでしょう。……でも、当時は悲しいとも思わなかったんですよ。国のために生きる私達は『人形』も同然……感情というものは日々押し殺して生きていましたから」
 そう言った佐鳥は諦観を滲ませた表情で肩を竦める。
「私が事件に巻き込まれたのは、その孤児院に預けられていた頃の話です。学校の帰り道、友人と二人連れ去られて……」
 それからは、地獄のような日々を過ごした。その中でも佐鳥と友人は優秀な実験体で運良く生き残っていたが、日に日にお互いの体が弱っていくのをじわじわと感じていた。
「地下に響く悲鳴も、暗い部屋に押し込められた子ども達のすすり泣く声も、目の前で他の子が息絶える瞬間も……全部、覚えています。今でも、夢に見る……あれは正に生き地獄でした」
 何度手を差し伸べても誰も助けてくれない。一人、また一人と今日いた仲間も消えていく。その現実が、そこに閉じ込められた子ども達から『ヒーロー』という希望さえ奪っていた。
 あの時、佐鳥の友人が、立ち上がるまでは。
「そこでまた……私は過ちを犯したんです。友人の言葉に惹かれて、子ども達だけで脱出を試みました。何があっても自分達なら乗り越えられると信じて……でもその結果、あと少しのところで脱走に失敗した私達は再び捕らえられました」
 抵抗すれば無情にもその場で殺され、大人しく従っても次々と実験体にされていく。その中には友人もいて、子ども達の体が崩壊していくのを佐鳥はただ呆然と見ていた。
「子ども達の中で唯一の『成功例』となった私はそこで……手に入れたばかりの『個性』をわざと暴走させたんです。無残な姿になった子ども達を救うために……子ども達を犠牲にした犯人への、報復として」
「佐鳥君……それは……」
「生き残ったのは奇跡でした。あの時、救出に来たオールマイトに保護された私は運が良かっただけです。本当ならあの日、あの場所で私の体も焼けていたでしょうから」
 乾いた笑みを浮かべたまま、佐鳥は言葉を続けた。
「だから『ヒーロー殺し』が言っていたことは間違いではないんですよ。直接手をくだしていなくとも私は人殺しです。この先、誰がなんと言おうと私はヒーローにはなれない」
 緑谷と飯田は黙って俯いた。同じ年頃の女の子が受ける仕打ちではない出来事に、その過去から逃げることもせずに背負い続けて生きている彼女に、何を言えばいいのかわからなかった。
 ただ、そんな中で轟だけは違った。
「人殺しなんかじゃないだろ」
 三人の視線が轟に集まる。
 轟は相変わらず感情の読めない表情だったが、視線は真っ直ぐに佐鳥を見つめていた。
「母親や友達を死なせてしまうきっかけに関わった。それは確かにそうだと思う。でも、それは佐鳥だけの責任じゃねぇはずだ」
「轟君……」
「お前はそれで誰かに責められたのか? その時の罪を償えって言われたから、今日まで自分の命かけて人助けしてたのか?」
 轟の問いかけに、佐鳥はきゅっと唇を引き結んだ。
「多分、何を言ってもお前は納得しねぇんだろうけど……話を聞いてる限りじゃ緑谷と飯田の言う通り、周りにいる大人達が身勝手だっただけだ。母親のことも事件のことも、俺にはお前が自分から全ての責任を背負ってるようにしか見えねぇよ」
「と、轟君……それは言い過ぎじゃ……」
「わりぃ。でも、今ここで腹割って話しとかねえと、またあとで拗れそうな気がする」
 止まることのない追及の嵐に飯田が宥めようとするが、轟は至って冷静な表情のまま。怒りも批難も躊躇いもなく、淡々と彼は話を続けた。
「佐鳥、エンデヴァーに言ったよな。自分の夢は『ヒーローを守ること』、もっと欲を言うなら『平和の象徴の相棒になる』ことだって……その話の前提が『ヒーローの資格』を持つことだっていうのもわかってんのに、なんでここで自分から『ヒーローになれない』なんて言ってんだよ。お前、なんのためにヒーロー科入ったんだ?」
 別に責めているわけではない。轟はただ、これまでの佐鳥の行動と、ずっと抱えていた彼女の思いの間で矛盾を感じていた。おそらくそれは彼女の中にある葛藤が原因であろうと考えているから、今ここで彼女の答えを明確にしておきたかったのだ。そうしなければ、ここで自分の過去を打ち明けたところで彼女は前に進めないような気がしたからだ。
 そんな轟の言葉に、緑谷もまた逡巡したあと、意を決しておそるおそる佐鳥に声をかけた。
「えっと……佐鳥さんは、ヒーローになりたくないの……?」
 佐鳥は、ただ呆然としていた。
 轟の言葉が、緑谷の質問が、上手く自分の中で飲み込めていないようだった。混乱しているようにも見える。そして、その表情はだんだんと苦悶の色を浮かべ、迷いを見せた。
「……私、は……」
 平静を装うとしていた声音が、僅かに震えた。
 それでも必死に自分の中にある答えを口にしようとする彼女を、三人は静かに見守る。
「……私は……ただ…………──」
 躊躇いがちに動く唇が何かを発しようとした、その時だった。
「失礼、少年達! こっちにセンリちゃん来てない?」
 不躾にもガラリと扉が開かれ、佐鳥の話が途切れた。
 神妙な空気を払拭した明るい声は部屋の中の様子に「あれ?」と戸惑い、申し訳なさそうに身を隠しながら部屋の中を覗き込む。
「ごめ〜ん。おっさん、なんかタイミング間違った……?」
「……まあ、わりと」
 チラリと佐鳥の顔を見た轟が肯定すると、タップはわざとらしく両手で顔を覆って嘆く。
「焦凍坊ちゃん手厳しい! そんな冷たいことばっか言ってると、いつかセンリちゃんに嫌われちゃうんだから!!」
「? わりぃ……俺、そんなキツイ言い方してたか?」
「えっ? い、いえ、別にそんなことは……」
「……って、本人は言ってますけど」
「センリちゃん、嫌なことは嫌だって言った方がいい。そんな調子だと将来悪い男に騙されちゃうぞ」
 言いながら、佐鳥に近づいたタップはぽんっとその頭に軽く手を置いた。
「そんなことより! 病室行ったらもぬけの殻だから心配したよ、全く……綺麗な顔のにーちゃんにすげぇ笑顔で睨まれるわ、知らない間にセンリちゃんは勝手に『ヒーロー殺し』と交戦するわ……おっさんこの二日間で寿命十年ぐらい縮んだんですけど?」
「すみません。病院を抜け出したわけではないので、とりあえず大丈夫かと……」
「いやいや、黙って病室から消えたら脱走と同じだから! お友達が心配なのはわかるけど、君まだ検査とかあるからね! とりあえず今は戻んなさい。お話はまたあとで!」
「す、すみません……」
 めっ、と人指し指を向けて叱る見ず知らずの男と怒られている佐鳥を交互に見て、緑谷と飯田は説明を求めるように轟に目を向けた。
「だ、誰……?」
「タップさん。親父の相棒で、佐鳥と一緒に見回りしてた」
「そうそう。んで、今やっと一段落ついて時間ができたから見張りに来たわけ。センリちゃんの脱走癖は事前に学校側からも注意するよう言われてるからね。この後の検査で問題なければ、すぐに退院手続きして事務所に戻るけど」
 ──すでに問題児扱いされている。
 佐鳥本人含め、その場にいた全員の心の声が一致した。
「すみません、三人とも……まだお話の途中ですが……」
「あ、待って! 最後に一つだけ確認しておきたいことがあるんだ」
 仕方ない、と腰を上げて歩き出した佐鳥は首を傾げながら緑谷を振り返った。
 緑谷はとても真剣な表情で佐鳥を見つめていた。
「『ヒーロー殺し』が言ってたこと……佐鳥さんの個性、使えば使うほど自分の寿命を縮めてるって、本当……?」
 その質問に佐鳥は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにいつもの穏やかな微笑を浮かべた。
「……まさか。そんな体でヒーロー科に通うなんて無理がありますよ。確かに副作用が人より強いですが、ご心配には及びません」
 緑谷と飯田は揃って安心したように表情を綻ばせたが、轟だけは眉を顰めてじとりとした眼差しを向けた。
 しかし、その物言いたげな視線に気づかないふりをした佐鳥は「それでは、また」と三人に挨拶を残して病室を出て行く。
 まるで逃げるように病室を去って行ったと轟は一人ため息を吐き出したが、そんな彼の様子に緑谷と飯田はただ首を捻るだけだった。


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