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24

「さすがゴミ置き場……あるもんだな」
「轟君、やはり俺が引く」
「お前、腕グチャグチャだろう」
 ゴミ箱を漁ってロープでステインを縛り上げたあと、轟がずるずると彼を引きずりながら通りに向かって進む。
「悪かった……プロの俺が完全に足手まといだった」
「いえ……一対一でヒーロー殺しの『個性』だと、もう仕方ないと思います……強過ぎる……」
 足を負傷した緑谷はプロヒーローのネイティヴに背負われていた。プロの苦悩に慰めの言葉を返す彼に続いて、轟が話を続ける。
「四対一の上にこいつ自身の『ミス』があってギリギリ勝てた。多分、焦って緑谷の復活時間が頭から抜けてたんじゃねえかな。ラスト飯田のレシプロはともかく、緑谷の動きに対応がなかった」
 轟の説明を聞き、緑谷は一人座り込んでいる佐鳥に目を向ける。
 副作用が治まらなかった佐鳥は一足先に通りに出て体を休めていた。ぼんやりと地面を見つめている姿は心ここに在らずといった様子だ。
「……大丈夫か、佐鳥」
 轟の問いかけに、目深に被ったフードの下からチラリと彼に目を向けた佐鳥は無言のまま頷いた。呼吸は幾分か落ち着いたものの、立ち上がる気力を失っているのか彼女の顔は青白いままだった。
 すぐ目を逸らした彼女に、轟は躊躇うことなく彼女のフードを摘んでその顔色を伺った。
「……視点が定まってねぇな」
「かなりキているみたいだな。『ヒーロー殺し』の言った通り、命に関わる副作用なのか?」
「わかりません……ただ、前にも敵の襲撃を受けた時に酷い副作用を起こしてるんです。今回は前ほど酷くはないですけど……早く病院に連れて行ってあげなきゃ」
「大丈夫です……薬を飲んだので、じきに動けます……」
「無理すんな。おぶるから、俺の背中に乗れ。一人背負っててもこいつ引きずるくらいはできる」
 そう言って佐鳥の手をとった轟だが、佐鳥の手は力が入らないまま。
 握られることのない手に目を丸くした轟は、じっと彼女の目を見つめて口を閉ざした。
 プロヒーロー達が到着したのは、そんなやり取りをしている時だった。
「む!? んなっ……何故お前がここにいる!!」
「グラントリノ!!」
「座ってろっつったろ!!」
 小柄な老父が身軽な動きで跳ね、負傷している緑谷の顔面に強い蹴りを入れる。
 蹴りを食らった緑谷は申し訳なさそうに「ごめんなさい」と謝罪した。
「まァ……ようわからんが、とりあえず無事なら良かった」
 言って、グラントリノは子ども達に視線を動かす。
 その中で佐鳥を見つけた彼は、目を丸くして彼女に近づいた。
「お前……空か?」
「……グラントリノ……お久しぶりです……」
「その顔の模様……まぁた無茶をしおったな……過度な『個性』の使用には気をつけろとあれほど言っただろうに」
「すみません……」
 力のない声で佐鳥は謝った。
 その光景に、今度は緑谷が目を丸くする。
「グラントリノも佐鳥さんのことを知ってるんですか?」
「『も』?」
 不可解な接続詞にグラントリノは首を傾げた。
 だが、その意味を聞くより早く、彼らのもとに次々とプロヒーロー達が終結した。
「細道……ここか!? ……あれ?」
「エンデヴァーさんから応援要請を承った、んだが……」
「子ども……!?」
「ひどい怪我だ。そっちの子も顔色が悪い。救急車呼べ!!」
 そんな慌ただしく状況を把握している中、一人の女性プロヒーローが轟が握りしめるロープの先を見て驚愕の声を上げた。
「おい、こいつ……『ヒーロー殺し』!?」
「あいつ……エンデヴァーがいないのは、まだ向こうは交戦中ということですか?」
「ああ、そうだ脳無の兄弟が……!」
 轟の問いかけに、女性は頷いた。
「あの敵に有効でない『個性(やつ)』らがこっちの応援に来たんだ」
 その言葉に、佐鳥はゆっくり立ち上がろうとする。
 それを無言でグラントリノが押さえつけ、佐鳥の行動を制した。
「三人とも」
 ふと、ずっと沈黙を保っていた飯田が声をかける。
 緑谷と轟と佐鳥は慌ただしく動くプロヒーロー達から視線を逸らし、彼の方へ目を向けた。
「僕のせいで傷を負わせた。無理もさせた。本当に、済まなかった……」
 震えた声で言って、飯田は深く頭を下げた。
「何も……見えなく……なってしまっていた……! 佐鳥さんにいたっては、ちゃんと忠告までしてくれていたのに……!」
「……僕もごめんね。君があそこまで思いつめてたのに、全然見えてなかったんだ。友達なのに……」
「しっかりしてくれよ。委員長だろ」
 涙を流しながら謝罪する飯田の言葉に、緑谷と轟はそれぞれ応える。
 そんな中、佐鳥だけは沈黙を貫いていた。けれど、その目はしっかりと飯田を見つめている。その瞳に、彼を責める色は浮かんでいなかった。
 うん、と小さく頷いて動かない腕で涙を拭い、飯田は顔を上げた。
 ──その時だった。
 ばさりという羽音に真っ先に気づいたグラントリノが声を上げた。
「伏せろ!!」
「え?」
 視線を向けた先にいるのは翼の生えた脳無だ。左目を負傷しながらも飛んでくるそれに、佐鳥達はグラントリノの指示通りに体を伏せる。
 しかし、その行動が仇となった。
「え、ちょ……」
「緑谷君!!」
「……!」
 体を伏せたその隙に脳無の大きな足が緑谷を引っ掴み、そのまま飛び去って行く。
 まずい、とすかさず佐鳥は『個性』を発動させて脳無に向かって手を伸ばした。
「馬鹿! よせ!!」
「翼だけです!」
 グラントリノの言葉に叫ぶように答えた佐鳥が迷わず自分の手をぎゅっと握りしめた時、彼女の耳にステインの声が響いた。

「偽物が蔓延るこの社会も、徒に『力』を振りまく犯罪者も」

 脳無の片翼が弾けたと同時に、その頭上に一つの人陰が浮かび上がる。
 一瞬で間合いを詰めたそれは無慈悲に脳無の左脳にナイフを突き刺し、緑谷を抱えてそれを地面に叩き落とした。

「粛清対象だ」

「全ては、正しき社会のために」

 緑谷を助けたのは、拘束されていたはずのステインだった。リストバンドの中に隠し持っていた仕込みナイフでロープを切り、彼は迷いなく脳無の頭を切り裂いたのだ。
「助けた!?」
「バカ、人質とったんだ。躊躇なく人殺しやがったぜ」
「いいから戦闘態勢とれ! とりあえず!」
 張り詰めた空気の中、すぐさまプロヒーロー達が身構える。
 するとそこへ、また一人のヒーローが現れた。
「何故一カタマリで突っ立っている!? そっちに一人逃げたハズだが!?」
「エンデヴァーさん!!」
 力強い味方の登場に、プロヒーロー達が安心した声を上げる。
「あちらはもう!?」
「『多少』、『手荒』になってしまったがな! して……あの男はまさかの……『ヒーロー殺し』!!」
「待て、轟!!」
 ステインを視界に入れるや否や攻撃しようとしたエンデヴァー。しかし、グラントリノが素早くそれを引き止めた。
 緑谷を押さえつけていたステインはゆらりと腰を上げ、参入してきたエンデヴァーを睨みつける。
 その時、彼の顔を隠していた布が解け、その相貌が露になった。

「贋物」

 地を這うような低いその声が。
 怒りを滲ませてヒーローだけを見つめるその瞳が。
 殺意を伴った執念を向ける。

「正さねば──誰かが……血に染まらねば……」

 異常なまでの『英雄』への執着。
 常軌を逸したその歪みを纏ったまま、ボロボロの体でステインは足を踏み出す。
 だが、ここにいる全員が──ヒーローでさえも固まっていた。
 ぶわりと襲いかかるその殺気に、全員が足を竦ませたのだ。

「来い」

「来てみろ贋物ども」

「俺を殺して良いのは、『本物の英雄(オールマイト)』だけだ!!」

 その叫びを最後に、ステインは動きを止めた。
 まるで電池切れの機械人形のようにその場に停止した彼に気づき、エンデヴァーは注意深く彼を観察する。
「……気を、失ってる……」
 その言葉に、轟と飯田が腰を落とした。
 傍にいた緑谷も呆然としたままステインを見つめており、プロヒーロー達もすぐに動けなかった。
 そんな中、佐鳥だけはふらりと立ち上がってステインに近づこうとする。

 しかしその数秒後、彼女は何の前触れもなく意識を手放した。


 *** *** ***


 一夜明け、保須総合病院に運ばれた緑谷達は目を覚ましてすぐ、病室のベッドの上で話し合っていた。
「冷静に考えると……すごいことしちゃったね」
 緑谷の言葉にはおそらく様々な意味が込められている。それに、轟は「そうだな」と相槌を打った。
 緑谷の顔には苦笑が浮かんでいる。
「あんな最後見せられたら、生きてるのが奇跡だって思っちゃうね。僕の脚、これ多分……殺そうと思えば殺せてたと思うんだ」
「ああ、俺らはあからさまに生かされた。あんだけ殺意向けられて尚、立ち向かったお前や佐鳥はすげえよ。救けに来たつもりが逆に救けられた。わりぃな」
「いや……違うさ、俺は……」
 轟からの称賛に言い淀む飯田の言葉は、病室の扉が開いたことで遮られた。
「おおォ、起きとるな怪我人ども!」
「グラントリノ!」
「マニュアルさん……!」
 入ってきたのはグラントリノとマニュアル、そして大柄な体躯の犬の顔をした男だった。
「すごいグチグチ言いたいが……その前に来客だぜ」
 グラントリノの言葉に、その来客が犬の顔をした男であると気づいた轟と飯田がベッドから立ち上がる。
「保須警察署署長の面構犬嗣さんだ」
「掛けたままで結構だワン。君達がヒーロー殺しを仕留めた雄英生徒だワンね」
 署長と聞いて自分も立ち上がろうとした緑谷にそう声をかけた面構は三人の顔を順番に見つめたあと、神妙な声音で話を切り出した。
「『ヒーロー殺し』だが……火傷に骨折となかなかの重傷で、現在厳重警戒のもと治療中だワン」
 その言葉に、緑谷達は口を閉ざした。
「雄英生徒ならわかっていると思うが、超常黎明期……警察は統率と規格を重要視し、『個性』を『武』に用いない事とした。そしてヒーローはその『穴』を埋める形で台頭してきた職だワン」
 ヒーローの武力行使──つまり、人を殺めるかもしれないその力が公に認められているのは、先人達がこれまでモラルやルールを遵守してきた結果である。
 言って、面構の話は続いた。
「資格未取得者が保護管理者の指示なく『個性』で危害を加えたこと。例え相手がヒーロー殺しであろうとも、これは立派な規則違反だワン。ここにいない佐鳥という少女を含め君達四名、及びプロヒーロー『エンデヴァー』、『マニュアル』、『グラントリノ』……この七名には厳正な処分が下されなければならない」
「待ってくださいよ」
 面構の言葉に、目を吊り上げながら轟は話に割って入った。
「飯田が動いてなきゃ『ネイティヴ』さんが殺されてた。緑谷が来なけりゃ二人は殺されてた。誰もヒーロー殺しの出現に気づいてなかったんですよ。規則守って見殺しにするべきだったって!?」
「ちょちょちょ」
 少しずつ苛立ちを露わにして声を荒げる轟に、緑谷が慌てて宥めようとする。
 しかし、それより早く面構は冷静に轟に言葉を投げた。
「結果オーライであれば、規則など有耶無耶でいいと?」
「──人を、救けるのがヒーローの仕事だろ」
「だから君は『卵』だ、まったく……いい教育してるワンね、雄英も、エンデヴァーも。佐鳥という子はもう少し聞き分けが良かったワン」
「! この犬──」
「やめたまえ、最もな話だ!!」
 雄英やエンデヴァーを引き合いに出され、轟はさらに目くじらを立てる。それを飯田が諫めることでようやく言葉を止めたが、怒りが収まらない轟は鋭い目で面構を睨みつけた。
 なんとか踏み止まった轟を見て、緑谷はこの場にいない佐鳥について尋ねた。
「あの、佐鳥さんは大丈夫なんですか……?」
「この中で一番軽傷だったのは彼女だワン。右手の火傷も痕が残る心配はないワン」
「副作用でさっきまた深い眠りについたがの。まァ、ともかく最後まで聞け」
 やれやれといった風にグラントリノは彼らの間合いに入って話を進めた。
「先に話した以上が警察としての意見。で、処分云々はあくまで『公表すれば』の話だワン」
 え、と緑谷達は目を丸くした。
「公表すれば世論は君達を褒め称えるだろうが、処罰は免れない。一方で汚い話、公表しない場合ヒーロー殺しの火傷跡からエンデヴァーを功労者として擁立してしまえるワン。幸い、目撃者は極めて限られている」
 つまり、この違反は今、この場で、握り潰すことができるということだ。代わりに緑谷達の『英断』も『功績』も誰にも知られることはない。
 提案を持ちかけた面構は、そこで舌を見せながら親指を立てた。
「どっちが良い!? 一人の人間としては、前途ある若者の『偉大なる過ち』にケチをつけさせたくないんだワン!!」
「まァ、どの道監督不行届で俺らは責任取らないとだしな」
 黙って話を聞いていたマニュアルが涙目になって項垂れる。
 それを見た飯田は前に進み出て、深く腰を折った。
「申し訳ございません……」
「よし! 他人に迷惑がかかる! わかったら二度とするなよ!!」
 誠心誠意を込めた謝罪にマニュアルは明るい声で言葉を返し、飯田の頭にチョップを繰り出しながら許しを出した。
 そして、それを見た緑谷と轟は面構に目を向け、飯田に倣って頭を下げた。
「すみませんでした……」
「……よろしくお願いします」
 それに、面構は深く頷いた。
「大人のズルで君達が受けていたであろう称賛の声はなくなってしまうが……せめて、共に平和を守る人間として……ありがとう!」
 面構がそう言ってお礼と共に頭を下げるのを見て、緑谷の顔に笑顔が戻る。頬を緩ませて視線を動かすと飯田は静かに微笑み、轟は僅かに居心地の悪そうな顔で視線を逸らしていた。

 こうして、思わぬ形で始まった路地裏でのヒーロー殺しとの戦いは幕を閉じた。
 しかし、その影響が人知れず自分達を蝕んでいくことになるなど、この時の彼らはまだ知る由もなかった。


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