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23

 佐鳥は昔から、自分の『個性』を他人に教えるのが嫌だった。
 始まりは他でもない父の教育方針だったが、過去の過ちからそれが誰のためであるか理解するようになって、自ずと話すことを拒むようになったのだ。
 だから、他人に尋ねられればいつも「教えたくない」と首を横に振った。それで『無個性』呼ばわりされても、戸籍上はその通りなので然したる問題はなかったから、彼女はずっとその状況に甘んじていた。
 しかし一人だけ、たった一人だけ、自分と似た境遇の少年に教えたことがある。
「なあ、お前の個性ってなんなの?」
 たくさんの身寄りのない子ども達の中から、その少年は濁りのない瞳で佐鳥を見つめてそう訊ねた。彼は一番最後にやって来た子だったが、誰よりも人懐っこく、常に子ども達の中心にいた。学校でもそれは変わらず、彼は何かと注目の的になることが多かった。
「……どうしてそんなこと聞くの?」
「だって、隠されると気になるじゃん」
 読書の手を止めて面倒に思いながら質問すれば、彼はただただ事実を述べた。
「俺もさ、あんま自分の個性を人に教えたくないんだよね」
「どうして」
「『兄さんの個性』と違って、俺のは敵向きだから」
 さらりと言ったが、とても皮肉った声音だった。
 佐鳥はじっと少年の顔を見つめ、口を閉ざす。
 彼の言う『敵向き』という表現が、いまいち理解できなかったからだ。
「見たい? 見たい? どーしてもって言うなら、お前には特別に見せてやってもいいぜ」
「いらない。あっち行って」
 あからさまな態度でぷいっと顔を背けた佐鳥に、少年は頬を膨らませた。
「なんでだよ! 少しは気にしろよ!」
「興味ないもん」
「お前むかつく! 可愛いのに可愛くない!」
「意味わかんない。あっち行って」
「二度もあっち行けとか言うな!!」
 地団太を踏みながら抗議する少年のなんと面倒くさいことか。佐鳥は手に持っていた本をパタンと閉じて、ジロリと少年を睨んだ。
「『千里眼』」
「は?」
「だから、私の個性。『千里眼』。わかったら向こう行って」
「いや待って待って! それどういう個性?」
「あんたの頭の中を覗く個性」
「ぜってぇー違うだろそれ!」
 まだ騒ぐ少年に、佐鳥はいよいよこれ見よがしにため息を吐き出した。
「違わないよ。透視できるの。物も、人の心も」
「何それ……ちょー『ヒーロー向き』じゃん!」
 目をキラキラさせながら声を上げる彼に、佐鳥はきょとんとした。
 生まれながらにこの力は『国のためになる』ものとして扱われていた。それは決してヒーローとしての素質を示唆されたものではない。むしろ、『敵(ヴィラン)』と変わらない扱いだった。
 だが、この少年は佐鳥の力を『ヒーロー向き』だと言う。
 それが、佐鳥にはどうしても理解できなかった。
 ただ、むず痒いような、そんな感覚だけ。
「……あんた、うるさい」
「お前本当に可愛くないな!」
 照れ隠しのようについた悪態に、少年はまたもや憤慨した。

 暗闇の中で、その少年が言った。

「今から俺達が『ヒーロー』になるんだ」

 その言葉に、もしかしたら本当に自分はヒーローになれるんじゃないかと思った。
 ──暗殺者か、スパイか。
 自分の個性を使って生きるには、『守るために奪う道』しかないと言われていたから、『救けるために戦う』という新たな選択肢がとても魅力的に感じたのだ。

 だが、その時の結末も、悲惨なものに終わった。

 薄暗い牢獄から抜け出したあと、自分は友と仲間を失った。

 冷たい水槽の中から見た光景は、今も忘れないよう夢に現れる。

 あの日からずっと、彼女は覚悟しているのだ。


 自分の歩く道に光などないのだ、と。


 素早く襲いかかる刃を、同じく刀のように握った六尺棒で受け止める。佐鳥がサー・ナイトアイに頼んで伸縮自在にできるよう特注した逸品物だ。硬度も高く、ステインの刀に切られる心配もない。
 だが、どれだけ得物で対応できると言っても、その太刀筋にはやはり敵わない。謂わば、ステインは数々の戦場を潜り抜けた猛者で、佐鳥はまだ経験の浅い新兵のようなものだ。
 何度も繰り出される斬撃は止むことがない。自分の命を奪おうとする攻撃に、佐鳥は必死に食らいついていた。
「俺のフェイクすら見抜くところは褒めてやろう……だが、お前がヒーローを目指すのだけは認められない」
 ステインの言葉に、佐鳥の表情が歪む。
 そんなことは彼に言われなくとも理解していた。
 きっとこの先も、彼と同じセリフを多くの人から浴びせられるだろう。
 それでも、この道を歩むと決めたのは自分だ。
 自分を信じてくれた人達のために、その期待に応えるために、受け入れた。
 例えそれが、そこにある未来が『死』だけだったとしても、構わない。

 誰が『ヒーローになる』と言った。
 自分は最初から、『ヒーローを守る』ことしか考えていない。

 友を守ることしか、考えていない。

「っ……」
 襲い来る刃を『個性』を利用して間一髪のところで避け、続けて襲いかかる刃物をすぐさま六尺棒で弾き返す。ステインと同等の反射神経で、佐鳥は苦心しながらも彼との攻防を続けた。
「下がれ佐鳥!」
「!」
 轟の声に佐鳥は素早く後ろへ跳躍し、ステインとの距離をおく。
 すかさず轟の氷がステインに襲いかかるが、彼は難なくその氷を切り裂いて佐鳥に狙いを定めた。
 その瞬間、キラリと佐鳥の目が輝く。
 そして刃が自分に振り上げられるより早く、彼女はパチンッと右手の指を鳴らした。
 直後、発動した攻撃に緑谷が驚きの声を上げる。
「電撃……!?」
 彼女の指を伝って大きな雷撃が虚空を走り、一直線にステインへと向かって行く。
 当たれば感電どころではない。察知してその力強い稲妻を高く跳躍して避けたステインだが、想定していた佐鳥は隙を与える前に彼に向かって第二破を放った。
 空中で身動き取れないステインはやむを得ずそれを刀で受け止めた。多少の痺れがあるのかぎこちない態勢で地面に着地した彼は、ギロリと佐鳥を睨みつける。
「全く性質のことなる『個性』を使いこなすか……なるほど。確かに対人用と言われるだけあって、動きはマシだ……が、今の判断は残念だった。賭けに出るなら相手を殺すつもりでやれ。躊躇いが命取りになる」
 佐鳥は答えなかった。否、答えられなかった。
 副作用だ。ぐらりと歪む視界、激しい頭痛と嘔吐感。そして絞めつけられるような胸の痛み。
 彼女の体は、すでに限界がきていた。
 ゼェ、ハァと激しい息切れを繰り返しながらも足を踏ん張り、倒れまいと佐鳥はステインを睨み返す。
「それに、その『個性』……使えば使うほど、お前の寿命を縮めていくんだろう?」
 彼の言葉ははっきりと轟達に聞こえている。轟はあまり表情を変えず黙っているが、緑谷と飯田はあまりの衝撃的な事実に言葉を失っていた。
「それとも──その手だけでなく、命もここで落とすか?」
 ステインの言う通り、佐鳥の右手は赤黒く腫れ上がり皮が避けていた。その手で六尺棒を握るのは不可能だ。一か八かで放った攻撃が躱された時点で、佐鳥の攻撃手段は体術だけとなった。得物を持つ相手に対して不利なのは目に見えている。
「まあいい……所詮、お前も贋物だ」
 ステインが再び佐鳥に向かって走り出す。すかさず轟が佐鳥を守るように氷を放つも、それはなんの障害にもならず突破された。
 迫りくる敵を見据え、手の痛みを気合だけで抑えた佐鳥は六尺棒を握りしめた。
「潔くここで死ね」
 ステインの刃が佐鳥を切り裂く──その瞬間だった。
「レシプロ……バースト!!」
 地面に倒れていた飯田の蹴りがステインの刀を防ぎ、折った。
「飯田君!!」
「解けたか。意外と大したことねぇ『個性』だな」
 緑谷と轟の声を聞きながら、瞠目した佐鳥は自分を庇うように立ち塞がる飯田を凝視する。痛みを堪え、悔しさを噛みしめ、けれど奮い立つ彼は震えた声で思いを口にした。
「轟君、緑谷君、佐鳥君……関係ないことで、申し訳ない……」
「飯田さん……」
「だからもう、三人にこれ以上血を流させるわけにはいかない」
 そう言った飯田の目には、もう迷いはなかった。
「感化されとりつくろおうとも無駄だ。人間の本質はそう易々と変わらない。お前は私欲を優先させる贋物にしかならない! 『英雄』を歪ませる社会のガンだ。そこにいる小娘の存在も、誰かが正さねばならないんだ」
「……」
「時代錯誤の原理主義だ。飯田、佐鳥、敵の理屈に耳貸すな」
「いや。奴の言う通りさ。僕にヒーローを名乗る資格など……ない」
 佐鳥は無言だったが、飯田は真っ直ぐにステインの言葉を受け止めた。
「それでも、折れるわけにはいかない……俺が折れれば、『インゲニウム』は死んでしまう」
「論外」
 瞬間、ステインから今までの比ではない殺意が放たれる。
 すかさず轟が飯田の隣に立ち、佐鳥を庇いながら炎を放った。
 再び応戦しようとする彼らに、ずっと動けないまま倒れていたプロヒーローが声を上げた。
「馬鹿っ……!! ヒーロー殺しの狙いは俺とその白アーマーと女の子だろ! 応戦するより逃げた方が良いって!!」
「そんな隙を与えてくれそうにないんですよ」
 さっきまでと違い、ステインの様相は変わった。焦っている証拠だ。
 いくら『個性』で相手の動きを止められるとはいえ、ステインの能力は血液型という不確定要素に接近戦を余儀なくされる。おまけに、血液型によってはその効果の持続時間も異なる。多対一という状況は苦手なパターンのはずだ。
 そこまで説明して、轟は苦虫を噛み潰したような顔になる。
(だが……物怖じしてくれりゃ、と思って伝えた情報が逆に奴に本気を出させちまった)
 ここに来た直後、轟はステインの前でプロがもうじき来ると伝えた。時間はすでに十分になろうとしている。これだけの時間を稼げば、そろそろプロが到着してもおかしくない時間だ。
 だからステインは焦っている。一刻も早く自分の目的を──『ヒーローを殺す』ことに異常なまでに執着を見せているのだ。
「っ……私がもう一度──」
「やめろ、佐鳥! お前もう限界だろ!」
 ステインに向けて怪我をしていない手を向けようとした佐鳥に、轟は鋭い言葉で制した。
 事実、佐鳥の『個性』はいつの間にか解けている。髪の色も目の色も元通りになっており、鬼の角もなくなった。残っているのは『個性』を発動した時に現れた異様な模様だけだ。
 でも、と迷いを見せる佐鳥に、轟は唸るような声でこの三日間隠し続けていたことを白状した。
「わりぃ! この前、親父とお前が夜中に話してたこと聞いてた。それ以上は頼むから、やめてくれ!」
「! ……轟さん……」
 轟の言葉をすぐに理解した佐鳥は、呆然としたまま今度こそ手を下ろした。
 そんな二人の会話に耳を傾けていた飯田がハッとした表情なり、轟に声をかける。
「轟君、温度の調整は可能なのか!?」
「『炎熱(ひだり)』はまだ慣れねえ。なんでだ!?」
「俺の脚を凍らせてくれ! 排気筒は塞がずにな!」
 その時、距離を保つために炎を繰り出す轟に向かってナイフが投げられた。
 それに気づいた飯田が庇うように腕を出すと、彼に向かってもう一本のナイフが投げられた。
 しかし、それは最後の気力を振り絞った佐鳥が間に割り込み、六尺棒を薙ぎ払って風圧で防いだ。
「っ……轟さん!」
「早く!!」
 二人に急かされて、轟が言われるがまま飯田の脚を凍らせる。
 飯田は迷わず上空から自分を狙う敵に向かって走り出した。
 同時に緑谷がふらりと立ち上がり、ステインに向かって飛びかかる。
「行け」
 轟がそう呟いた瞬間だ。緑谷の拳が顔に、飯田の脚が横腹にヒットし、ステインに強い打撃を与えた。
 だが、ステインも負けず最後の力を振り絞って飯田の首を狙おうとする。間一髪、空中でその斬撃を避けた飯田は、体を捻らせてもう一度強い蹴りを繰り出した。
「お前を倒そう! 今度は犯罪者として──ヒーローとして!!」
 その蹴りは見事に決まった。
 落ちて来る三人を受け止めるべく轟が氷を作り出すと、飯田と緑谷が綺麗に滑り落ちてくる。咄嗟に轟が滑り止めとして作った氷に勢い良く頭をぶつけた二人に、思わず佐鳥は自分の体の痛みも忘れて「大丈夫ですか」と声をかけてしまった。
「立て!! まだ奴は……」
 轟が二人を急かしながら上を見上げるが、彼が作った氷の上でステインはぴくりとも動かなかった。
「……流石に、気絶してますね」
 まだ乱れる呼吸のままステインを見つめ、佐鳥が静かに口を開いた。
「……拘束、しましょう」
「氷結だと、目覚めた時に体割れちまうかもしんねぇ。何か縛れるもんは……」
「ゴミ箱なら、何かありそうです」
「念の為、武器は全部外しておこう」
 テキパキと次の行動に移る佐鳥達。
 そんな中、飯田だけは呆然と気絶したステインを見つめていた。
 彼の顔は自分達がステインに勝ったのだという事実を飲み込めていない、そんな表情だった。


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