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13

 ──体育祭、当日。
 一年A組の控え室に集まった生徒達の中、佐鳥は自分の隣にいる緑谷と峰田に目を向けた。何度も深呼吸を繰り返す緑谷は明らかに緊張しており、時折落ち着かない様子で時計をチラチラと見上げていた。手の平に『人』の文字をたくさん書いて飲み込む峰田もまた然りだ。
「……緑谷さんも峰田さんも、すごく緊張していますね」
「う、うん……佐鳥さんは落ち着いてるね……」
「そうでしょうか? これでもいつもより脈が早いので、緊張しているとは思いますが……」
「全然そうは見えねぇよ。オイラが確かめてや──でっ」
 平然としている佐鳥の胸元に手を伸ばそうとした峰田の顔にすかさず蛙吹の舌が飛んだ。
 佐鳥達の話し声が聞こえていたようだ。丸い目がじっと峰田を見つめており、物言わぬ彼女に気圧された峰田は静かに後退りして佐鳥から距離をとった。
「……意外と峰田さんは大丈夫そうですね」
「は、ははは……」
 胸を触られそうになったせいか佐鳥の言葉が心なしか冷たく聞こえる。
 緑谷は乾いた笑いを返した。
「みんな、準備はできてるか!? もうじき入場だ!!」
 控え室へと戻ってきた飯田の声に、緑谷がまた深く深呼吸をして、峰田が『人』の文字を書いて飲み込む。
 するとその時、轟が佐鳥の背後から歩み寄ってきた。
「緑谷」
「! 轟君……何?」
 いつも静かな轟が突然声をかけたことに気づいた生徒達が、途端に静かになって二人を見守る。
 間に挟まれていた佐鳥も二人から一歩離れて交互に見つめた。
「客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う」
「へっ!?」
 事実ではあるが、思わぬ強気な言葉に緑谷は目を丸くした。
「お前、オールマイトに目ぇかけられてるよな」
「!」
「別にそこ、詮索するつもりはねぇが……お前には勝つぞ」
 ──宣戦布告。
 A組の生徒達からクラス最強と言われる轟が、どうして個性をまともに使いこなせない緑谷に声をかけたのか。どよめき、戸惑いの表情を浮かべる生徒達の中で、佐鳥はただじっと静かに轟と緑谷を見つめた。
「急に喧嘩腰でどうした!? 直前にやめろって……」
「仲良しごっこじゃねぇんだ。何だっていいだろ」
 仲介に入ろうとした切島の手を払い、轟は緑谷に背を向ける。
「……轟君が、何を思って僕に勝つって言ってんのかは……分かんないけど……」
 俯きながら、緑谷はぽつぽつと話す。
「そりゃ、君の方が上だよ。実力なんて大半の人に敵わないと思う……客観的に見ても……」
「緑谷も、そーゆーネガティブなこと言わねぇ方が──」
「でも! みんな……他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ」
 自分だって遅れをとるわけにはいかない。
 宥めようとした切島の言葉を遮りながら、緑谷は顔を上げ力強い眼差しで轟を見つめ返した。
「僕も本気で……獲りに行く!」
「……おお」
 黙って二人をやりとりを眺めていた佐鳥は、そこで強い視線を感じて目だけを動かした。
 視線の先にいたのは爆豪だ。彼は一人、忌々しげに緑谷と轟を睨みつけていた。
「佐鳥」
 続けて轟に声をかけられ、佐鳥は視線を戻した。
 さっきまでとはまた違う、力強い光を宿した双眸が自分を捉えていた。
「お前にも、勝つぞ」
 その瞬間、爆豪の怒気が三割増しになった気がした。
 射殺すような視線を痛いほど感じ、佐鳥は困ったように眉根を寄せて微笑するだけに留まる。言葉を返そうにも、闘志を燃やす相手に何を言ったところで伝わるはずはない。自分の胸の内に秘めている考えを呑み込んで、佐鳥はただ「はあ……」と気のない相槌を打つ。
 ──誰もが一番を目指す生徒達の中で、この場にいる自分だけが異質だ。
 競技場へと足を向けながら改めてそう認識した佐鳥は、静かに目を閉じた。
 それでも、自分はこの道を歩くと決めたのだ。

 いつか来る──その時まで。


『雄英体育祭!! ヒーローの卵達が我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!!』
『どうせてめーらアレだろ、こいつらだろ!? 敵の襲撃を受けたにも拘わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!』
『ヒーロー科!! 一年A組だろぉお!?』


 プレゼントマイクのナレーションと共にA組の生徒達が競技場へと足を踏み入れる。
 一斉に盛り上がる会場内にキョロキョロと辺りを見渡すクラスメイト達を横目に、佐鳥は自分の前を歩く爆豪と轟、そして緑谷を見つめた。
 その表情が僅かに曇っていることに気づく者はおらず、次々と他のクラスが入場が進んだ。
「選手宣誓!!」
 全クラスが揃ってそう高らかに声を上げた女性は雄英高校の教師であり、プロヒーローの『ミッドナイト』だ。未成年の前に立つには際どいコスチュームを身に着けている彼女は羞恥心もないのか、堂々とした態度で体育祭の進行を行う。
「代表選手!! 一年A組、爆豪勝己!!」
「え〜っ! かっちゃんなの!?」
「あいつ一応、入試一位通過だったからな」
 だがしかし、名前が挙がったのは『あの』爆豪である。
 ポケットに手を突っ込んだまま堂々と壇上に上る彼の後ろ姿を、「せんせー」と些か面倒臭そうな声で紡がれる宣誓を、A組の生徒達は固唾を飲んで見守った。

「俺が一位になる」

「「「絶対やると思った!!」」」

 なんとなく彼の行動を予想できるようになったA組一同が声を揃えた。
 同時に他のクラスの生徒からはブーイングが飛び交う。
「調子のんなよA組オラァ!」
「ヘドロヤロー!」
 そんな生徒達を見下し、爆豪は立てた親指を下に向けるハンドサインを見せた。
「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」
「何故、品位を貶めるようなことをするんだ!!」
 教師に代わって飯田が注意する声も空しく、罵詈雑言にも顔色一つ変えない爆豪は真っ直ぐ壇上から降りてくる。
 その表情をじっと見つめた佐鳥は、また静かに瞳を閉じて小さく息を吐いた。
「さーて、それじゃあ早速第一種目に行きましょう」
「雄英って何でも早速だね」
 ミッドナイトの言葉に麗日がツッコミを入れ、その言葉に蛙吹と佐鳥が無言で頷く。
「いわゆる予選よ! 毎年ここで多くの者が涙を飲むわ!! さて、運命の第一種目!! 今年は……」
 電光掲示板にシャッフルで流れる種目名。
 生徒達は今か今かと映し出されるそれを見つめた。
「コレ!!」
 ──『障害物競走』。計十一クラス総当たりのレースだ。距離はスタジアムの外周四キロメートル。学校の売り文句に倣い、『コースさえ守れば何をやってもいい』らしい。
 その説明を聞いて、佐鳥はゆっくりと目を開いた。黒の瞳の縁が僅かに輝き、左右に動く。
「……なるほど」
 誰にも聞こえない呟きのあと、彼女はまたぱちりと目を瞬かせた。
 輝きを失った瞳が、真っ直ぐに前を見つめる。
「さあさあ位置につきまくりなさい!」
 言うより早く、ゲートの上にある信号の色が一つ消えた。その全てが消えたと同時に、ミッドナイトの「スタート!」という声がスタジアムに響き渡る。

「ここが、最初のふるい」

 狭いゲートの入り口で押し合いへし合いを始めた生徒達を見た佐鳥は、一人高く跳躍して彼らの頭上を飛ぶ。
 薄暗い通路を一直線に駆け抜け、真っ先に先頭に躍り出たのは彼女だった。
 同時に、背後から他の生徒を凍らせた轟が駆け抜けて来る。
「やっぱりお前が来るんだな、佐鳥」
「まあ……でも、他のみんなもすごいですよ」
 言って、佐鳥は背後を振り返る。
 そこには轟の攻撃を避けたA組の面々が向かってくるところだった。
「甘いわ、轟さん!」
「そう上手くいかせねぇよ、半分野郎!!」
 八百万と爆豪が真っ先に轟の個性を避けて飛び出してくる。
 それを見た佐鳥は僅かに口元に笑みを浮かべて自分の後ろにいる轟に目を向けた。
「……だ、そうですよ」
「クラス連中は当然として、思ったより避けられたな……」
 ──『当然』か。
 佐鳥はじっと轟を見つめた。悔しそうな表情一つ見せない本人は気づいていないだろうが、その言葉は彼らの実力を認めている証拠だ。今まで佐鳥以外の生徒と積極的に話す姿は見られなかったが、彼なりに周りへと意識を向けていたのかもしれない。
 ──宣戦布告といい、よくわからない人だ。
 だが、今はそんなことを気にしている暇はない。
 もう一度だけ跳躍した佐鳥はそのまま轟との距離を開いて駆け出した。
 そしてすぐ、佐鳥は前方に大きな『障害物』を発見する。
「ターゲット、発見」
「!」
 ルートを迷いなく突き進んでいた佐鳥と轟の前に現れたのは、空高く見上げるほどの大型のロボットだ。
 背後から追いかけて来る生徒達がそのロボットを見て驚愕する。
「入試の仮想敵!?」
「一般入試用の仮想敵ってやつか……」
「……ふぅん」
 佐鳥は目を細めてそれを見上げる。
 障害物の第一関門は仮想敵の『ロボ・インフェルノ』。通路を埋め尽くすほどの数のそれは生徒達をロックオンしており、ウィンウィンと機械音を発しながらゆっくりと進んでくる。
 すかさず佐鳥は『個性』を発動し、高く跳躍した。
 自分を捉える仮想敵の動きは遅く、何かを仕掛けるまでの時間が長い。一般入試では避けるものとして登場したそうだが、この場においては速さが売りの佐鳥には何の障害にもならなかった。
「手加減は……必要ないですね」
 空中で一歩、足を踏み出す。仮想敵の顔へ目掛けて飛び上がり、彼女は高く振り上げた足を躊躇いなく振り下ろした。
 攻撃が直撃した仮想敵はいとも簡単に真っ二つに割れて崩壊した。
『一瞬で撃破ぁぁああああ!! 一抜けで攻略だぁぁああああ!! 何だよA組の佐鳥!? めちゃめちゃ強ぇ個性持ってんな、チートかおい!?』
 プレゼント・マイクの放送が耳に入り、佐鳥はしかめっ面になる。
 同時に轟が自身の個性を発動させ、仮想敵を凍らせた。
「あいつが止めたぞ!!」
「あの隙間だ! 通れる!」
「やめとけ」
 走り出した轟は背後で聞こえる声を制止した。
「不安定な体勢ん時に凍らしたから……倒れるぞ」
 ぐらりと巨体が傾き、生徒達の方へ目掛けて倒れる。
『一年A組轟!! 攻略と妨害を一度に! こいつぁシヴィー!! すげぇな、あいつら!! アレだな……もうなんか、ズリィな!!』
 ずるい、という言葉にまた佐鳥は口をへの字に曲げた。
 こちらは真剣にやっているというのに、まるでイカサマでもしているような口振りだ。それがどうしても気に障った。
 だが、そんなくだらない考えは背後から聞こえた悲鳴にかき消される。
 振り返った佐鳥は、すぐにその悲鳴の原因を知った。鈍間に見えた仮想敵が、異様な早さでこちらに向かってきているのだ。
『ん? なんか仮想敵の様子おかしくないか? あんな強かったっけ?』
「! 轟さん!」
「!?」
 プレゼント・マイクの声に何かを察した佐鳥が轟に声をかける。スピードを落とした佐鳥に気づいて我先に前へ進もうとしていた轟は、そこでようやく背後へと目を向けた。
 だが仮想敵の動きは思っていたよりも速く、すでに硬い手が真っ直ぐに轟に向かって振り下ろされようとしていた。
「っ……」
 黒の瞳をきらりと輝かせて、佐鳥は思い切り足を前に踏み込んで後ろへと跳んだ。素早い飛び蹴りで機体を吹っ飛ばし、また佐鳥は轟の隣を並走する。
「おい、余計なことすんな! あれぐらい自分でどうにかできる!」
「すみません。……でも、そうも言ってられないようで」
「は?」
「轟さんには申し訳ありませんが、私はここまでです。勝負よりも優先したいことがあります」
 怪訝な表情で轟が佐鳥に目を向ける。
 しかし、佐鳥は轟を見ていない。彼女は自分達の後ろにいる生徒達を──その行く手を阻む仮想敵だけをじっと見つめていた。
 彼女が何を考えているのか察した轟は視線を前に戻し、舌を打つ。
「……勝手にしろ」
 その返答に、ついに佐鳥は足を止めた。
『んん? なんだァ? 佐鳥どうした! いつもみたいに体調悪くなったか!?』
『……いや、多分──』
 プレゼントマイクの疑問を相澤が否定する。
 この短い期間で佐鳥を見てきた彼は、多少なりとも彼女の人と成りを知っている。
 くるりと踵を返した佐鳥を見て、相澤はため息交じりに呟くように言った。
『あいつ……救けに戻るつもりだな』
『ハァァアアアアア!?』
 まるでレースの主旨を理解していないかのような行動だ。
 相澤の言葉通り、佐鳥は第一関門で苦戦している生徒の加勢をするべく逆走した。
 そして、そんな佐鳥を見つけた仮想敵が再び攻撃を開始する。
「佐鳥さん!?」
「お前、何してんだよ!?」
「私のことより、皆さんは先に行ってください!」
 驚くヒーロー科の面々に構わず、佐鳥は次々と仮想敵を壊していく。その破壊力に呆然とする他のクラスの生徒達をおいて、A組の面々は戸惑いながらも言われるがまま走り出した。その中には当然緑谷もいるわけで、彼と目が合った佐鳥は小さく微笑を返した。
 だがたった一人だけ、鬼の形相で佐鳥を睨みつける生徒がいた。爆豪だ。
「────」
 佐鳥はすれ違う寸前に肩越しに彼を振り返ったが、すぐに仮想敵へと視線を戻し、その頭を踏みつけて思い切り地面へと踏み倒した。
 砂埃が舞う中、仮想敵を前に足を止めていた一人の男子生徒が舌打ちした。
「けっ……A組はA組で協力するってか……」
 男子生徒の言葉に、佐鳥は不思議そうに首を傾げた。
「協力?」
「ぁあ? んだよ……ちげぇってのか!?」
 苛立ちを隠すことなく威嚇してくる見知らぬ生徒に、仮想敵の残骸の上に佇む佐鳥はきょとんとした表情で迷いなく頷いた。
「はい。みんな、私が手を貸さなくても強いので。最初から協力するつもりはありません」
 その返答に生徒達はあんぐりと口を開けて驚愕した。
 ──ならば、どうして。
 そんな表情で自分を見つめる彼らに、佐鳥は静かに微笑んだ。
「そうですね……これはただの『自己満足』です」
 A組の面々がこの程度の予選で落ちるわけがない。佐鳥を含めて全員上に上がれるだけの実力がある。
 だが、佐鳥は別に勝ち残ることを目的にしていない。雄英の体育祭とは確かに競争意識も見られるが、一重に自分の個性をお披露目するだけの催し物だと認識している。
 だから今この時、彼女が危惧したのは戦闘経験が圧倒的に少ない生徒達の安全だ。
 ヒーロー科の一般入試を受けていない者は、例えロボットが相手でも危険を感じれば身が竦んでしまうだろう。現に、悪意もない攻撃に怯えて地面に腰を下ろしたまま動かない生徒達がいる。そんな彼らをサポートするために彼女は立ち止まり、戻ると決めたのだ。
「『コースさえ守れば何をしてもいい』と言ったのは主催者です。なら、ここでほんの少しでも『個性』の汎用性を知ってもらえればそれで充分。私は好きにさせてもらいます。……ヒーローは、どんな時でも『人助け』を優先するものですから」
 揚げ足取りのように理屈を述べた佐鳥は、そう言って再び高く跳躍し、仮想敵への攻撃を再開した。
 自身の力を過信した驕りでも、単なる虚栄心でもない。『困っている人を助ける』──ただそれだけの理由で迷うことなく人生を左右する一大イベントを無碍にする行動に、その場に取り残されていた生徒達はぽかんとした。
「ヒーロー科の……佐鳥、空……」
 その名前が、その存在が、恐怖に立ち竦む生徒達の心に刻まれる。
 いつか本物のプロヒーローとして活躍するであろう少女の後ろ姿は、とても眩いものに見えた。


『さぁさぁ序盤の展開から誰が予想できた!? 今一番にスタジアムに還ってきたその男──緑谷出久の存在を!!』
 誰もいないスタジアムに足を踏み込んだ緑谷に、多くの観客の歓声が向けられる。
 続けて轟、爆豪と彼の後から次々と生徒が姿を現す。
 佐鳥が姿を見せたのは、クラスメイト全員がゴールした直後だった。
 彼女の姿に気づいた麗日と蛙吹がすかさず駆け寄った。
「空ちゃん、どうしてあそこで戻ってきたん!? もしかしたら一位通過できたかもしれなかったのに〜っ!」
「そうね。とてももったいないことをしたわ」
「すみません……どうしてもあそこで困ってる人を放っておけなかったので」
 自分のことではないのにもどかしいのだろう。ぶんぶんと腕を振って歯痒い思いを表現する麗日に、佐鳥は眉根を寄せながら答えた。だが、『どんな状況でも人を助ける』のは佐鳥の信念であり、彼女自身が課したヒーローであるための最低条件なのだ。例えその行動が誰にも理解されないとしても、その場に相応しい行動でなかったと咎められても、佐鳥はこの考えを改めるつもりはなかった。
「それに、残念ながら病み上がりの私では最終選考までもちそうにないので……だからリタイアする代わりに、パフォーマンスで印象を残しておこうかと考えたんです」
「パフォーマンス?」
「勝ち残れば、もちろん沢山の人々の記憶に残ったと思います。でも、私はみんなと同じ土俵で戦えない……なら、目立つ行動で誰かの目に留まる方が合理的かと」
 当然、自分の行動に不愉快な思いをした人もいるのは分かっている。
 そう言って、佐鳥は自分を睨みつける爆豪や感情の読めない表情で見つめてくる轟の視線に肩を竦める。他のヒーロー科の生徒達も理解できないと言わんばかりの表情だった。
「……空ちゃんがそれで後悔しないのならいいの。来年、また頑張りましょ」
 佐鳥の言葉に何やら考え込んでいた蛙吹は、口元に指を添えながらそう言った。
 そうこうしている間に障害物競走は終わり、次の種目の説明が始まる。
「予選通過は上位四二名!! 残念ながら落ちちゃった人も安心なさい。まだ見せ場は残っているわ!」
 ミッドナイトがそう言って電光掲示板に目を向ける。障害物競走の時と同じく種目名がランダムに進んでいくそれを眺めると、パッと次の種目が表示された。
「……騎馬戦」
「個人競技じゃないけど、どうやるのかしら」
 蛙吹の呟きに答えるようにミッドナイトが説明を始める。
「参加者は二〜四人のチームを自由に組んで騎馬を作ってもらうわ。基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど、一つ違うのは……先程の結果に従い各自にポイントが振りあてられること!」
 つまり、行うのは一般入試のようなポイント稼ぎである。個々のポイントが違うため、組み合わせによって騎馬のポイントも違うのだ。
 だが、そのポイントの割り振りに問題があった。
「一位に与えられるポイントは──一〇〇〇万!!」
 一位通過した緑谷が顔を強張らせたまま硬直し、冷や汗を流す。
 全員の視線が彼に向けられたのを見て、ミッドナイトはニヤリと笑った。
「上位のやつほど狙われちゃう──下剋上サバイバルよ!!」
 またしても注目の的になった緑谷を見て、佐鳥は励ますように彼の肩に手を置いた。
「頑張ってください、緑谷さん」
 そんな、他人事だと思って。
 思わず悲鳴のような弱音が頭に浮かんだが、緊張で固まったままの緑谷は首を動かすこともできなかった。
 そんな彼が少し心配になるが、残念ながら落選した自分は応援することしかできない。後ろ髪を引かれる思いで振り返りながら、佐鳥は大人しく観客席へと向かうのだった。


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