One sceneShort story made with Word Palette

「ぶえっくし」
 静かだった部屋に大きなくしゃみが響いて顔を上げた。
 自分と同じく課題に取り組んでいた幼馴染がすん、と鼻を啜っている。
「えへ……ごめん」
 ぱっちりと開いた丸い瞳をきゅっと細くして、手触りの良さそうな頬を薔薇色に染めながら気恥ずかしそうにはにかんで笑う。その愛らしい姿からはとても想像ができないくしゃみの音に、思わず本音が口からこぼれた。
「オヤジみたいなくしゃみだったな」
「思ってもそういうことは言わないの」
「わりぃ」
 口では謝るが、責められた理由を全く理解できず反省できていないのが轟という男である。
 そんな彼のことをしっかり把握している幼馴染の彼女は、じとりとした目つきで彼を見つめた。
「そもそもオヤジみたいって、焦凍……お父さんのくしゃみ聞いたことあるの?」
「あいつがくしゃみ……?」
 眉を顰め、険しい表情で思い出したくもない父の姿を脳裏に浮かべる。
 ──残念ながら、想像できなかった。
「……あいつ、くしゃみとかすんのか」
「いや、くしゃみぐらいはするでしょフツーに」
 わりと本気で疑問を抱いた彼に、幼馴染は「何を言っとるんだ」という眼差しを向けた。いくら家族関係を拗らせているとはいえ、父親を『人外』のような扱いにするのはいかがなものか。そう言いたげな目だった。
 だが、聞いたことがないのは事実だ。他の兄弟よりも父親との接点は多かったが、そんな些細な行動を覚えていられるほど長い時間を過ごした記憶もない。そもそも覚えている必要性も感じられなかった。
「覚えてねーな」
「だろうね。まあ、私も想像できなかったけど……窓、閉めてもいい?」
 もちろん、拒否する理由はない。
 むしろ青紫に変色している彼女の唇を見て、自分から窓を閉じるべく立ち上がった。
 言われてみれば、確かに肌寒いかもしれない。連日の悪天候で気温が下がりつつあったが、今日は一際強い風が吹いている。『個性』の影響であまり温度差を感じないが、それでも窓から入るひんやりと冷たい空気が秋の訪れを感じさせた。
「もう秋だねぇ」
「年寄りくさいこと言ってないで、これ羽織っとけ。風邪引いても知らないぞ」
「自分だって年寄り趣向のくせに」
「そうか?」
「自覚ないんかーい」
 首を傾げると、気だるげなツッコミと共に轟が差し出した上着を肩に羽織った彼女は机に突っ伏した。
 寮の自室は和室、好きな食べ物は蕎麦。飲み物はお茶をよく飲んでいるし、食堂で選ぶ蕎麦以外のメニューは和食の方が多い──などなどエトセトラ。ぶつぶつと呟く彼女に「最近は緑谷君の好物のカツ丼もよく食べてるよね」なんて言われたら、流石に長い付き合いだけあって変化をよく見ていると素直に感心した。
「まあ……あいつが美味しいって言ってたからな」
「焦凍ほんと緑谷君好きだねぇ…………って、なんでここに座るの?」
 適当に相槌を打って隣に腰を下ろした轟に、大きな目がぱちくりと瞬いた。
「こっちの方があったけぇんだろ」
 自分の左側を指して言えば、驚いた顔をしていた幼馴染は破顔した。
「やっさしー。でも、そんな気安く女の子に近づくのは感心しないなー」
「女の子……?」
「ちょっと待って。そこガチで首傾げるとこじゃない」
「いや、女とか男とか意識したことないなって」
「どーゆー意味!? ちょっと真面目に泣いていいかな!?」
 言いながら、彼女の目はすでに潤んでいる。
 おかしな話だ。昔からこの距離は変わらないのに、どうして今さら泣く必要があるのか。
 責められる理由が分からず、轟は首を傾げた。
「好きだから傍にいるんだろ、お互い」
 刹那、二人の間に妙な沈黙が落ちた。なんとも言えない微妙な空気が漂い、轟はまた一人だけ首を傾げる。
 そんな彼に、幼馴染は押し殺すような声で告げた。
「……とりあえず緑谷君から男女のいろは学んできて」

未完成で曖昧な、『幼馴染』




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