One sceneShort story made with Word Palette

「体、冷えない?」
 涼しい夜の風が頬を撫でるのを感じながら、真っ暗な空に浮かぶ星を見上げていた。自分が声をかけられたのだと気づいた鳴狐は振り向き、声の主に目を向けた。
 そこに立っていたのは審神者だ。扇子で自分の体を仰ぎながら、彼女は微笑を浮かべていた。
 風呂から上がったばかりの火照る体を冷やすために縁側に腰かけていた鳴狐だったが、おそらく彼女も同じなのだろう。「風邪ひくよ」なんて注意しておきながら自分は髪を濡らしたまま、審神者は自分に歩み寄る。
 鳴狐は無言で傍に置いていたお茶を彼女に差し出した。審神者は無意識に差し出されたそれに手を伸ばすが、触れる直前に手を引っ込めてしかめっ面を見せた。
「それ、めっちゃ熱いやつ……!」
「……湯冷めする」
「いや、それにしても熱すぎるわ!」
 湯飲み越しに伝わる熱を感じながら、鳴狐は眉を顰めた。確かに湯上りの一杯には『少し』熱すぎるが、これはこれで美味いものだ。だが、それでも審神者のお気には召さなかったらしい。
 鳴狐は仕方ないと視線を落とし、差し出したお茶を無言で啜った。その隣に「よいしょ」と呟きながら審神者が座る。
 ちりんちりんと風鈴が鳴る音が響いて、熱い体にそよ風が当たる。夏の本丸は現世ほどの暑さを感じないので毎日過ごしやすい気候ではあるが、それでも今日は蒸し暑い夜だった。
 審神者は持っていた扇子で自分の顔を扇ぎながら、きょろきょろと辺りを見渡した。
「お供の狐はどうしたの?」
「……油揚げをもらいに台所へ」
「風呂のあとに揚げ……!? ……粟田口のみんなは?」
「一期と一緒にまだ大風呂に」
「それはまた……誰か逆上せそうなことにならなければ良いけど……」
「流石に、みんな同じことは繰り返さない」
 鳴狐は穏やかに否定した。
 この本丸には、レア刀と呼ばれる神格の高い刀が複数ある。けれど、そのほとんどが刀のままで顕現していない状態である。
 理由は、審神者の霊力にあった。
 彼女は生まれつき体が弱く、霊力も人並みか、それ以下だった。だから他の本丸よりも一度に顕現できる刀の数に限りがあり、神格の高い刀の顕現には時間がかかった。
 それこそ、一期一振が顕現するまでに二年の月日が経っていたのだ。その兄がようやく顕現した時のことは、今でも鮮明に鳴狐の記憶の中に残っている。
 それはもう本丸中がお祭り騒ぎになり、特に粟田口の刀達はあれよこれよと一日中彼を引っ張り回して本丸を案内していた。
 その夜には初めて粟田口全員で大風呂に入ったのだが、どうやらその時にもはしゃぎ過ぎたようで、一期をはじめとした何振りかの粟田口の刀達が風呂場で倒れたのである。
 当時のことを思い返していた審神者はからからと笑い、星空を見上げた。
「……鳴狐が来た頃より、随分と賑やかになったね」
 感慨深い様子で呟いた審神者に倣い、鳴狐も夜空を見上げて頷いた。
 鳴狐は、この本丸で三番目に顕現された古参の刀だ。お伴の狐より数十倍も口数が少ないが、面倒見の良い性格だったこともあり、審神者や初期刀のサポートをしながら過ごしてきた。顕現されたばかりの頃を思い返すと実に静かで穏やかな日々だったが、それはそれで良い日々だったと思っている。
「おやおや、これは主どの! ここにおられましたか」
「おかえり〜。何かあった?」
「燭台切が冷たぁい『でざぁと』なるものを作っておられましたので、大好物の油揚げを我慢して探しておりました! さあさあ、鳴狐も食べに参りましょう!」
「冷たいデザート! アイスかな? 行こう、鳴狐!」
 よほど暑かったのか、審神者の目が輝いた。
 ルンルンとした足取りで台所へ向かう彼女を見つめていた鳴狐の肩に飛び乗り、狐は楽しそうに尻尾を揺らした。
「邪魔をしてしまいましたか?」
「……ううん」
 狐の言葉に、鳴狐は目元を緩ませて首を横に振った。
「短くても、有意義な時間だった」

朔夜の逢瀬




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