One sceneShort story made with Word Palette

「じゃあね! 落ち着いたらちゃんと連絡しなさいよ!」
 そう言って泣き腫らした目をしながら笑顔で手を振る親友に、脆くなった涙腺から涙が零れそうになる。それでも笑って別れを告げる彼女に泣く姿なんて見せまい、と気丈に振る舞い、私はニッと笑って手を振った。
「うん。必ず、また会おうね」
 ばいばい、と今日何度目になるかも分からない私の別れの挨拶に、彼女が大手を振って冗談めかしながら「達者でな〜!」なんて大声で返すので、思わず噴き出してしまった。
 あんな調子だけれど、きっと彼女なりの強がりだ。小学生から高校までずっと同じ学校に通っていたからこそ、お互いにしんみりしてしまわないよう気を遣ってくれたのかもしれない。だって、彼女もまた、私とのずっと別れを惜しんでいたのだから。
(……来月から、一人か……)
 高校を卒業した今、私は大人への階段をまた一つ上り、自分の夢に向かって新たな道を歩くことになる。
 そこには、自分の知り合いなんて一人もいない。心機一転して、私は足踏みする暇もなく慣れ親しんだ世界から新しい世界へと飛び立つことになるのだ。
 遠くなる親友の背中を見送り、私は視線を落とした。紙袋の中にある部活の後輩達から貰った餞別の品と手紙、そして真っ黒な筒に書かれた『卒業証書』の文字を見て、また寂しさが溢れて涙が滲んだ。
 ──その時だった。
「先輩!」
 背後から聞こえたそれは、この半年間で随分と聞き慣れてしまった男子生徒の声だ。
 え、と驚いて振り返ると、予想した通りの人物が私の方へと向かって走って来る。
「降谷君……」
 降谷零。入学してから学校一のイケメンだと噂されている一つ年下の二年生だ。
 部活の後輩でもない彼と接点を持つようになったのは、部活を引退したあとのこと。受験勉強で私が図書館を利用するようになり、お互いが毎日のように図書室に通っていたこともあって、たまたまお喋りする間柄になった。私にとっては、部活の後輩と同じくらい自分を慕って仲良くしてくれた、可愛い後輩である。
「良かった……間に合った……!」
 ぜぇ、はぁ、と肩で息を切らしながら、降谷君は膝に手をついて呼吸を整える。
 呼び止められたことで周りにいる女子達から一斉に視線を向けられたが、とりあえず私は気にしないように意識して「大丈夫?」と声をかける。すると降谷君は大きく頷いて、姿勢を正すと真っ直ぐ私を見下ろした。
「先輩、卒業おめでとうございます」
「え? あ、うん……ありがとう」
 わざわざそれだけを言うために走って来たんだろうか。
 不思議に思いながらも自分の門出を祝う言葉にお礼を返したが、やはりというか、彼の用事はそれだけではなかったらしい。顔を赤らめながら、彼は自分のポケットから一枚の封筒を取り出して私に差し出した。
「どうしても、先輩に伝えたいことがあって」
 伝えたいこと、という言葉に、私は心臓が跳ねた。
 こんなシチュエーションで、顔を真っ赤にしながら手紙を差し出されれば、「もしかして」と期待してしまうのも仕方ないと思う。
「僕はヒロと一緒に、先輩と同じ道を歩もうと思う」
「えっ」
 けれど、ここで彼が口にしたのは私の予想の斜め上を行っていた。それも私を驚かすには十分過ぎる内容だ。
 自分を凝視する私を見つめながら、彼は言葉を続ける。
「来年、僕は必ず先輩がいる大学に行く。だから──」
 そこから先の言葉はなかった。何を言おうとしたのか、顔を真っ赤にしたまま降谷君が口を噤んでしまったからだ。首を傾げて言葉を待っても彼は顔を背けてしまう。
「……連絡ぐらい、しても良いですよね」
「ん? う、うん。それは……もちろん」
「余所見なんてしないで、先輩は夢だけを追いかけていて。僕は必ず追いつくから」
 脈絡のない会話の流れに、私の頭の上には沢山の『?』が飛び交っている。しかし降谷君はそんな私に手紙を押しつけるように手渡すと、「また連絡します」と言い残して校舎の方へと戻って行ってしまった。
「な……なんだったの……?」
 そのあと家に帰った私は貰った手紙に目を通し、彼が伝えたかった言葉を理解して机に突っ伏すことになるのだが──この時の私はまだ、何も気づけないままだった。

青い春より、未来を綴る




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -