One sceneShort story made with Word Palette

「い〜ろ〜、い〜ろ〜、なぁ〜にいろっ!」
 静かだった本丸の庭にどこからともなくたくさんの気配が集まってきたかと思えば、数人の刀達の声が耳に届いた。次いで聞こえてきたのは「青!」という元気な少女の声だった。
 途端にきゃあきゃあと楽しそうに騒ぐ声が庭に響いたので、一人静かに縁側で読書をしていた大倶利伽羅は視線だけを動かした。
 案の定、そこには広い庭の中をきょろきょろと見渡しながら走り回る数人の短刀達がいた。何人かはすでに小夜左文字や太鼓鐘貞宗の髪に触れて立ち止まっているが、まだ逃げ惑う短刀達を追いかける少女の姿が見える。
 どうやら非番で暇を持て余している彼らは少女の遊びに付き合って鬼ごっこを始めたらしい。それも色探しが含んだ変わったルールのようで、大倶利伽羅にはあまり馴染みのない鬼ごっこだった。
 おそらく、その遊びの発端は鬼役をやっているあの少女なのだろう。週に五日ほど義務教育として現世の学校に通っている彼女は、学校で様々な遊びを覚えては休日になると本丸にいる短刀達を巻き込んで遊んでいる。
「あーっ! 先越されたぁーっ!」
「やったーっ! 次、愛染が鬼ね!」
 最後まで逃げ回っていた愛染国俊が悔しそうに声を上げると、ぴょんぴょんと飛び跳ねる少女はとても嬉しそうだった。
 それを見た大倶利伽羅の口が、緩やかに弧を描く。しかしそれは一瞬のことで、彼は自分の方へと歩み寄って来る人物の気配を感じ取ると、すぐに視線を本へと戻した。
「子供は元気があって可愛いだろう?」
 声をかけてきたのはこの本丸の審神者だった。今でこそ少女の保護者となり他本丸のサポートを行いながら隠居生活を送っているが、その実績は何十年と歴史修正主義者と戦って生き延びた強者の男である。
 その審神者が「よっこいせ」と言いながら自分の隣に腰を下ろしたので、大倶利伽羅は眉を潜めた。
「何か用か?」
「いや、なに……そろそろお前さんもあちらに混ざりたくなってきたのかと思ってな」
「ふざけたことを……興味もないな」
 もはや口癖になったそれを口にすれば、すげない態度であるにも構わず審神者はからからと朗らかに笑った。
「そう言いながら、あれを見ていたお前さんの表情は柔らかい感じがしたんだがなぁ」
「別に、俺はあいつを見ていたわけじゃない」
「はて? わしは『あれ』と言っただけだ。別に誰かを特定して言ったわけじゃないぞ?」
「……」
 ──話にならない。大倶利伽羅は無言のまま立ち上がり、その場を立ち去ろうとした。このままでは、また己の失言で審神者に揶揄われると気づいたからだ。
 しかし、審神者は構わず彼に話しかけた。
「大倶利伽羅。私はね……人に執着することは決して悪いことではないと思っているよ」
 足を止め、大倶利伽羅は肩越しに審神者を振り返る。
 審神者はひどく穏やかな表情で自分を見つめていた。そして慈愛にも満ちたその眼差しはゆっくりと庭の方へと向けられ、短刀達と遊んでいる少女を捉える。
 再び鬼役になってしまったらしい彼女は、次は何の色にしようかと首を捻ってうんうんと唸っていた。
「あの子はいずれ自分の本丸を与えられる。その時、おそらく初期刀はこの本丸の中から選ぶことになるだろう」
 それがどうした、と大倶利伽羅は心の中で呟いた。そんなことはこの本丸にいる皆が理解していることだ。
 あの少女は孤児だ。赤ん坊の頃に親に捨てられ、偶然その生まれ持った霊力に気づいた政府が保護をした。そして将来有望な審神者に育てるべく、実績のあるこの本丸での生活を強いられているのだ。
 その説明は当時近侍だった大倶利伽羅が審神者と共に政府から聞いているので、重々承知の上だ。
「その時がきたら、あの子のことは頼んだよ」
 少女は大倶利伽羅が好きだ。短刀と遊ばない時はいつも彼の傍で大人しく過ごしている。それこそ赤ん坊の頃から、彼女は大倶利伽羅にべったりだった。
(──……いつか)
 いつの日か、彼女が旅立つ時は必ず訪れる。その時、彼女はまだ自分を必要としてくれるだろうか。
 遠くで「檸檬色!」という元気な少女の声を聞きながら静かに目を閉じ、大倶利伽羅は審神者に一言、返した。
「慣れ合うつもりはない」

あいくるしい日々の先




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