One sceneShort story made with Word Palette

 ワイルドエリアの一角にある『木漏れ日林』は今日もとても良い天気だ。その名に相応しく風に揺れる木々の間から差し込む光が美しく映えている。林の向こう側へ誘われているような、幻想的な光景だ。
 そんな穏やかな光景を前にしているというのに、現実に意識を戻した私はふぅ、とため息を吐いて目の前で特訓に明け暮れているキバナに目を向けた。
「そう、そこだ! 行け、ビブラーバ!」
 最後のジムチャレンジのために早くビブラーバを進化させたいらしい彼は今日もビブラーバと一緒に野生のポケモンにバトルを挑んでいる。これで通算十五回目のバトルだ。よくまあ飽きもせずに続けられるものだが、欠伸を噛み殺しながらそれを眺めている私も私だ。
 眠気でぼんやりとしていた目を傍で蹲って眠る相棒に向ける。無事にフライゴンへと進化を遂げた彼女は一人スヤスヤと夢の中へと旅立っていた。こうなった原因は君にあると思うんだけどな。我関せずかい、お嬢様。
 少し会わなかった間に一足早く私のナックラーがフライゴンへと進化していたことがショックだったのか、キバナもキバナのビブラーバも随分と躍起になっている。あのままだといつか倒れてしまいそうだが、ジムチャレンジを控えていることもあって口を挟んでいいものか悩んでしまった。
(まあ、それでも休んだ方がいいとは思うけど……)
 そんなことを一人心の中で呟いた時だ。
 突然、びゅうと強い風が私達の間を吹き抜けた。
「あっ」
 いきなりやってきた突風に反応が出遅れた私の頭からするりと帽子が抜けて空高く舞っていく。手を伸ばしても間に合わず、それは私の手から遠く離れて湖の上へと飛んで行ってしまった。
「ああ、もう……やっちゃった。お気に入りの帽子だったのに……」
 そう肩を落とした私の隣で、目を覚ましたフライゴンがすぐに体を起こして湖の方へ飛び立とうとした。おそらく取りに行こうとしてくれているのだろう。
 しかし、それよりも早く私達の後ろから緑色の小柄な体躯がびゅんっと飛んで行く。
 それがキバナのビブラーバであると気づいた時には、もう彼が私の帽子を掴んでいた。
「よくやった、ビブラーバ! 偉いぞ!」
 声を上げるキバナに嬉しそうに目で笑ったビブラーバはそのまま私の頭に帽子を被せてくれる。
「なんて紳士な子なの! ありがとう、ビブラーバ!」
「だろ? 紳士な俺様の教育の賜物」
「え? キバナが紳士とか嘘でしょ……?」
「はあ? 俺ほどレディに優しいガラル紳士なんてそういねーよ」
「紳士は女性を放っておいてバトルに明け暮れたりしませんけど?」
「お前が特訓に付き合ってくれないからだろ! 先にバッジ揃えたからって余裕な顔してさ!」
「ちょっと、言いがかりはよしてよ! ちゃんと付き合ったじゃない。いったい今日だけで何回バトルしたと思ってるの?」
「たったの十回」
「……その十回でうちのフライゴンにボッコボコにされたのはどこのビブラーバちゃんかしら」
「だからこうして特訓してんだよ! 終わったら最後にもう一勝負するからな!」
「ふりゃあ〜……」
「残念。今日はもう嫌だって」
「くっそ〜! 絶対その気にさせてやる!」
 欠伸混じりのフライゴンの言葉を私が勝手に訳してやれば、ガルルと喉を鳴らしたキバナは地団駄を踏みながら林の奥へと向かって行く。彼の相棒は言い合いを続ける私達の間でオロオロとしていたが、キバナがまだ特訓を続けると分かると「待っててね!」と言わんばかりにフンッと鼻息を荒くして意気込みながら飛んで行った。
 その後ろ姿を唖然と見送り、私は自分の隣でやれやれと言いたげな表情をしている相棒を見上げた。
「……あなたの番、戦闘狂にならなければいいけどね」
 その瞬間、フライゴンの尻尾が私の背中をビンタした。
 揶揄うように『番』と言ったのが恥ずかしかったのか、それとも否定の意味を込めたのか。痛みに呻きながらこっそりと盗み見た彼女がポッと頬を赤らめているところから察するに、残念ながら前者のようだ。
 会う度に距離が縮んでいるのは知っていたけど、まさか本気で番になる気だったとは。いよいよ自分の逃げ道がなくなったようだ、と私は一人苦笑した。

つかず離れずの恋心




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