One sceneShort story made with Word Palette

 連日の悪天候が嘘みたいに、空は晴れている。澄み渡るような青々とした空には雲一つなく、二人の間を吹き抜ける風も涼しい。まさに『散歩日和』と言いたくなるような、爽やかな快晴だった。
「まぶしいね」
 隣を歩く主からぽつりと聞こえた声に、物吉貞宗は慌てて手に持っていた日傘を傾けた。
「すみません、主様。陽が当たっていましたか?」
「ううん、違うの」
 ふるふると首を横に振って、審神者は庭に目を向けた。
 それに倣い、物吉も同じ方へと視線を動かす。
 今朝まで降っていた小雨のせいだろうか。庭一面に咲いている色とりどりの紫陽花が、陽に照らされてキラキラと輝いて見えた。
 この本丸の庭は、『雅』を好む審神者の初期刀が丹精込めて作り上げたものだ。季節が移り変わる時期に合わせて審神者が景観を変えるので、それに合わせて花も植え替えているらしい。
「ああ見えて、主は美しい景色を好むからね。これなら、出不精の彼女でも少しは散歩する気になるだろう」
 そう言って朗らかに微笑んだ本丸の最初の一振りである歌仙兼定の顔を思い出しながら、物吉は足を止めた審神者に付き添ってその場に佇んだ。
 ふとその時、広い庭の奥でひょこひょこと忙しなく動く橙色の髪が見えた。同時に、右へ左へとホースの水が波線を描いて飛んでいく。頭上から突然降り注いだ水を合図に、白髪と黒髪の頭も飛び出して応戦していた。
 どうやら暑さに耐えかねた刀達が水やりの途中で遊び始めたらしい。四方八方からいくつもの水飛沫が上がり、空を飛び交った。
 ぼんやりとそこを眺めていた審神者は、その光景に自然と笑みを作っていた。
 とても楽しそうな表情だった。
「浦島君は、今日の景色によく映えるね」
 それはおそらく、先程彼女が口にした『まぶしい』という言葉を示しているのだろう。
 鶴丸国永や鯰尾藤四郎と共に水を掛け合う浦島を見つめながら、物吉は彼女が言わんとすることを理解して頷いた。
「浦島さんは、なんだか太陽みたいですよね」
「紫陽花も、宝石みたいにキラキラしてるよね」
「どっちもまぶしいですね」
 真っ青な空と、紫陽花の庭。
 その間に挟まれている橙色の髪。
 じっと彼を見つめたまま、審神者は再度大きく頷いた。
「ねえ、物吉君。どうして歌仙がこんなに紫陽花を植えたか知ってる?」
「? いえ……聞いたことがないです」
「『魔除け』なんだよ。私の実家ではトイレによく吊るされてたんだけど、それを話したら『景観も良くなるから』って言って植えることになったの」
「へえ、そうだったんですか。じゃあ今の本丸はきっと、いつも以上に強い力で守られているんですね」
「うん、まあ……せっかく綺麗に咲いてるものを切りたくないから私はそのままにしてるけど、これだけあるとご利益ありそうだよね」
 そうして賑やかな庭を眺めていた物吉と審神者だったが、次の瞬間、真正面からホースの水を浴びた歌仙の姿が映った。
 その場にいた全員が「あ」と固まった。
 ポタポタと前髪から水を滴らせる歌仙は俯いたままで表情が見えないが、静かに怒りのオーラを纏っている。一方、後ろ姿しか見えない浦島達からは「まずい」という雰囲気が漂っており、少しずつ後退りしていた。
 そして数秒後、ゆっくりと顔を上げた歌仙が目をつり上げて浦島達を睨みつけた。
「いい加減にしないか! まったく! 雅じゃない!」
 ──鶴の一声だ。
 本丸中に響き渡るような怒声に、水遊びをしていた刀達は蜘蛛の子を散らすようにその場から走り去った。
 彼らを見送った歌仙は「やれやれ」と呆れたように首を横に振っており、それを見た審神者は声を上げて笑う。
「歌仙は今日もいいお母さんっぷりだねぇ」
「あはは……」
 物吉は乾いた笑みを浮かべたが、否定はしなかった。
「あ、主様。虹が出ていますよ」
「えっ? ……あ、本当だ! ラッキーだね」
 これは他にも良いことあるかも、と笑いながら歩き出す審神者に、物吉も日傘を片手に隣に並んだ。
 ──彼らの本丸は、今日も平和だ。

世界の片隅で輝く




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