One sceneShort story made with Word Palette

 彼女の目は綺麗だ。自分を見つめる眼差しはいつも真っ直ぐで、光で明るくなった瞳は視線が交わると自分を捉えて離さない。スッと伸びた鼻筋と触り心地の良さそうな頬、少し小さめの唇が奏でる声も好きだった。
 幼馴染は優しい女の子だ。幼い頃、父親への憎悪と嫌悪を抱きながら過ごしていた自分に手を差し伸べたのは他でもない彼女だ。彼女が傍にいてくれなければ、あの頃の自分はきっと誰のことも目に入れず、気にもかけられない最低な人間になっていただろう。
 思えば、もうずっと彼女がいる日々が当たり前になっている。親の繋がりはあれど、彼女が自分の意思で歩み寄ってくれなければ、二人はこんな風に親しい関係にはなっていなかった。なることもできなかった。
 ──恋愛的な意味で、好きなのか。
 ふと上鳴に言われた言葉が脳裏を過り、同時に自分の胸の内側が騒がしく波立つのを感じた。
 そんなこと、今までは真剣に考えたこともなかった。嫌いだと思う相手とは一緒にいたくない。ならその逆を言えば、こうして同じ時間を過ごせるのは相手に好意があるということ。好きだから一緒にいられる──轟にとって、幼馴染はそういう存在だった。彼が見ていた世界は、そんな極端な感情でしか判断できなかった。
 目の前で課題に取り組む幼馴染を見つめながらそんなことをぼんやりと考えていると、視線を感じて気になったのか彼女が顔を上げ、ジトリとした目で轟を睨んだ。
「……ねえ、何か言いたいことあるなら言ってよ」
「別に、なんもねぇ」
「じゃあ、なんでさっきからこっち見てるの?」
 その質問に、すぐに答えることができなかった。
 どう応えればいいのか迷った轟は逡巡したあと、先日言われたことを思い出して正直に伝えた。
「上鳴に言われたことを考えていた」
「上鳴君? 何か言われたの?」
「お前のこと──」
 そこまで言って、はっと口をつぐむ。あからさまに言葉を飲み込んだ彼に、幼馴染の怪しむような視線がますます訝しげなものに変わる。
「私のこと? え、まさか悪口?」
「ちげぇよ。そんなこと言う奴じゃないだろ」
「ふーん……まあ、なんでもいいけどさ」
 全然どうでも良さそうな顔はしてないが、轟に話すつもりがないと感じ取った彼女は再び課題に集中した。
 一方で、轟はやはり手が止まったまま。
 一向に課題を終わらせようとしない彼に気づいた彼女は、その小さな唇から大きなため息を吐き出した。
「私、部屋戻るよ」
「え」
「だって焦凍、全然進んでないじゃん」
 確かに。自分の手元を見て、轟は返す言葉もなかった。
 同時に、何もそれを理由に帰らなくてもいいじゃないか、と細やかな不満を口走ってしまいそうになる。
「勉強に集中できないぐらい悩んでることあるなら、誰かに相談してきなよ。それとも熱ある? 保健室行く?」
「いや、熱はねぇ……と思う」
 本当か、と怪しんだ幼馴染の細い手が轟の方へ伸びた。
 なんの躊躇いもなく触れた細い手から感じる彼女の温もり。その瞬間、胸に落ちたそれに轟は目を瞬かせた。
「うーん……ほんと。熱はないみたいだね」
 言って、彼女の体温が消える。無意識に離れていく手を目で追いかけた轟は、素早くそれを掴んで引き止めた。
「え、今度は何?」
「好きだ」
 唐突に、けれど唇からこぼれるように紡がれた明確な気持ちに、幼馴染は驚きのあまり目を丸くした。
「……は? なに、どしたの急に……」
 白い肌がだんだんと赤く色づいていく。彼女が尻込みしているのは、轟の表情がいつになく真剣だったからだ。
「急じゃねぇ。いつも思ってたことだ」
「ちょっ、えっ、ほんと何……って、近い近い近い!!」
 机の上に身を乗り出してぐっと顔を近づける轟に、今度は勢いよく反対の手が飛び出す。べちんと音を立てながら近づけた顔が押し返され、轟は渋々と腰を落とした。
「いてぇ。いきなり何すんだ」
「それはこっちのセリフ! 何しようとしたの今!?」
「何って……キス」
 刹那、赤みを帯びた彼女の顔がぼふんっと林檎のように真っ赤に染まる。驚きと羞恥と混乱でわなわなと体を震わせる彼女のなんと愛らしいことか。ぱくぱくと口を開閉している姿を見て、轟は柔らかく微笑んだ。
「幼馴染も悪くねぇけど、俺はお前の恋人になりてぇな」

君に恋した。恋、してた。




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