One sceneShort story made with Word Palette

「……という訳で悪い、緑谷。『男女のいろは』とやらを教えてくれ」
「いや、なんでそこで僕!?」
 いつものポーカーフェイスで「話がある」と言われたのは数分前。神妙な面持ちの彼に呼び出され何を言われるのかと身構えていた緑谷は、思いがけない相談に目を剥いた。結論を聞いた途端に緊張が解けて脱力感に襲われたのは言うまでもない。
「緑谷に聞けって言われた」
 それはさっきも聞いた。そうではなく、そこで自分の名前が出ることが間違っている。緑谷は心の中で叫んだ。
 確かに緑谷と轟は仲が良い。体育祭が終わってからお互いに蟠りがなくなって打ち解けているのは確かだ。最早お互いに友達と呼べるぐらいには信頼している。
 だが、それでも残念なことに、人には向き不向きというものがある。少なくとも男女の『あれそれ』に関して緑谷に言えることは何もない。おおよその客観的なことなら参考程度に述べることもできるが、教示するほどのものは持ち合わせていないのだ。
「わ、悪いけど僕、そういう話は疎くて……」
「そうか……」
 言葉少なに「悪い」と謝りながら視線を下げる轟は、あてが外れて途方に暮れているようだった。
 申し訳なく思いながら、緑谷もまた視線を床に向ける。
 二人揃って誰もいない共有スペースの一角で俯いていると、外出していた上鳴がバタバタと慌ただしい足音を響かせながら寮の中へと飛び込んできた。
「おお、丁度いい所に……! 轟、お前こんなとこで何してんだよ、大変だぞ!」
「? どうかしたのか?」
「どうしたもこうしたも、外でお前の幼馴染がよそのクラスの奴と一緒にいんだよ! あれどー見ても告白じゃね? 轟、あいつから何も聞いてねーの?」
 刹那、轟の表情が凍りついた。ピリッと張りつめた空気を感じて彼の表情を確認した緑谷は、なるほど、と苦笑した。
 どうして名指しされたのが恋愛経験の豊富そうな上鳴ではなく自分だったのか──もしかしたら彼女は男女のあれそれを学んで欲しいのではなく、轟自身が抱いてるその感情を明確にして欲しかったのかもしれない。そんなの誰の目から見ても答えは一目瞭然なのだが、普段の彼の態度を思い返せば納得もできる。
 緑谷がひっそりとそんなことを考えていると、痺れを切らした上鳴が轟の腕を引っ張った。
「って、どこ行くの上鳴君……!?」
「覗き見に決まってんだろ! 気になるじゃん!」
「覗き見ってそんな堂々と……駄目だよそんなの」
「俺も、別に気になってるわけじゃ……」
「はい、ダウト〜。轟は自分の顔を鏡で見てから言えよ」
「……分かった。見てくる」
「お前が先に見に行くのは幼馴染の方だよ!」
 そんなことをギャイギャイと騒いでいると、緑谷達が外に出るより早く誰かが寮の扉を開いた。
 現れたのは言うまでもなく今話題になっていた女子生徒で、彼女と目が合った緑谷と上鳴は思わず閉口した。
「……何してるの?」
「いや……あの……あはは」
「な、何でもねーよ? なあ、轟?」
「告白されてたのか?」
 いや、隠すどころかここでぶっこんで聞くなよ。
 上鳴と緑谷の心の声が一致した。
 潔いというか、素直というか、馬鹿正直というか。今まさに盗み聞きしようとしていたことさえ包み隠すことなく尋ねた仲間に、二人は言葉が出なかった。
「ん? んー……まあ」
「付き合うのか?」
「まさか、付き合わないよ。一目惚れしたとか言われても、正直知らない人とは無理」
「そうか」
 耳に届いたのはどこか戸惑いを感じる声と、あからさまに安心した声だった。
 それだけで彼女が無自覚な幼馴染に振り回されてるのだと知り、緑谷は思わず憐れむような目で二人を見つめてしまう。
「ていうか何、焦凍。そんなに気になるの?」
「悪いかよ。好きなやつが呼び出されたら誰だって気にするだろ」
 三つの双眸が何とも言えないまま轟に向けられる。
 首を傾げる彼に、呆れた上鳴がぽつりと呟いた。
「轟、お前……分かりやすいけど分かりにくいわ」

ロマンチックには程遠い恋心




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