私の推し、すぐ死ぬ【If】


 主人公をより魅力的な存在に仕上げるのは、作者から付与された個性ではなくその他の登場人物である。つまりモブよりも重要なキーパーソン。ある意味では脇役と言ってもいい存在だ。オタクは、その脇役の存在意義を誰よりも敏感に察知しやすい生き物だと私は思っている。例に漏れず、私もそういうタイプだ。主人公より、主人公の脇にいる人物に惹かれやすい。
 でも、脇役というのは良くも悪くもストーリーにおいて重要な役割を担っており、総じて物語の展開によっては悲惨な末路を迎えることになる。分かりやすく例えるとするならば、少女漫画で言うところの当て馬キャラだと言えば想像しやすいかもしれない。当て馬というポジションなだけに、彼らは絶対ヒロインとは幸せにはなれないバッドエンドを迎えている。作者によっては大団円ストーリーで終わらせてくれるが、基本的にこういう脇役は人気がなければ焦点を当てられることもないのだ。なんと世知辛い世界。
 かく言う私も、脇役キャラに推しがいる。それも最推しだ。ちなみに読んでいるのは少女漫画ではない。サスペンスとラブロマンスが入り交じった警察をモデルにした少年漫画……つまり、この意味が分かるだろうか。
「最推しが死にました……」
 明るい乾杯の音頭や近況を報告し合う賑やかな声の響く店内で、私だけがお通夜のような空気を纏っている。そんな私を見て、親友の葉子ちゃんは手を叩いて大爆笑していた。知っていたけどなかなかひどい反応だ。こんなに憔悴しきっている友達を見て笑うなんて……だから葉子ちゃんに酒を飲ませちゃ駄目なんだよ!誰だ、こんなところで飲もうなんて言ったのは! ……私だ。反省した。
「ねえ、これで何人目? 超ウケるんだけど」
「片手で数えられる数は越えた……」
「ヤバすぎでしょ、未亡人オタク」
 不名誉すぎる称号が与えられてしまった。私はがっくりと項垂れた。
「今回はちょっと路線変えてみたのに……! 陽キャな研二君なら絶対死なないって信じてたのに……!! まさか陽キャ故に早死にするとは……!!」
「最初からフラグ立ってたよね〜。だって主人公アレだし、親友キャラもあんな感じだし」
「すでに登場予定で死亡確定していただと……!? 研二ロストで私のタイムラインはファンの墓で埋まってるんだけど!!」
「あんたも墓の中じゃん」
「墓に入らずしてどこに入れと」
「布団の中で良いんじゃない?」
「また泣き寝入りしろってか! すでにこっちは本誌読んでから毎晩涙で枕を濡らしてるんだよ!」
「あんたガチ過ぎてヤバいわ、まじ」
 誰だって推しが死んだら泣くが? むしろ、最推しが死んで悲しまないオタクがどこにいると? 私はショックでここ数日の仕事の記憶すら曖昧だよ! 昨日の晩御飯すら思い出せないよ!
 ぐすんと鼻を啜り、私は残っていたカクテルをぐびっと飲み込んだ。こうなりゃ自棄だ。最推しが死んだ事実を忘れるにはもう飲んで飲んで飲みまくるしかない。そう思って一番度数の高い焼酎を注文したら葉子ちゃんがドン引きしてた。
「まあ、でも……誰もあんな死に方するとは思わなかったよね、多分」
「そーだよ! お調子者なのは認めるけど、だからってその性格が仇になったみたいな死に方しなくても良かったじゃん!? 防護服着なかったのは完全に研二君が悪いけど、爆処のエースとしての腕前は確かだったのに……!! 研二君がいなくなったら残された親友の彼はどーなんの!? 死ぬじゃん! あの一匹狼キャラ、絶対研二君殺した犯人追いかけて吹っ飛ぶじゃん! すでにフラグ立ってるんだよ! 死ぬなよ!」
「アルコールのせいだって分かってるけど今まで以上に饒舌に喋るじゃん……」
「うっ……うぅ……研二君……大好きだったのにぃ……」
 そう呟いた瞬間、私達の隣のテーブル席からブフォッ、と吹き出して笑う声が聞こえた。振り向くと、同じ年頃の男性が顔を背けて笑ってるのが見えた。よほど何かが面白かったのだろう。堪えているようだけど、肩がめちゃめちゃ震えていた。
 なんかこの人、ふわふわの頭が最推しの親友そっくりだなぁ。
「あー……あのさ、君」
「ん?」
 自分のすぐ隣に座る男に声をかけられ、私はそっちに目を向けた。すると、なんとびっくり仰天。こちらは最推しそっくりさんだった。え、何これ夢? 私いつの間にか最推しのいる世界にトリップした? 酒を飲んだら異世界トリップしてました、みたいなタイトルで最推しとの夢物語始まっちゃう? あ、やべ。この設定なんか好きだから今度葉子ちゃんに書いてもらおう。
 なんて一人で考えていたら、お兄さんが苦笑しつつ「いや、現実なんだけど」って笑った。やべーわ、この人。イケメンじゃん。最推しの方がイケメンだけど。
「えっと、オレとどこかで会ってたりする? 君みたいな可愛い子と会ってたら記憶に残ってるはずなんだけど……」
「やぁだ! こんな研二君似のイケメンと出会ってたら一生忘れませんよぉ〜! リアルの推しにしますし、死ぬまで覚えてますって!」
「ぶっ……あっはっはっ!!」
 ついに天パのお兄さんが抑えられず大笑いした。ご丁寧に腹を抱えてテーブルまで叩いている。何がそんなに面白いのか分からず、私は首を傾げて葉子ちゃんに目を向けた。葉子ちゃんは研二君似のイケメンと天パのお兄さんをひどく冷たい目で睨んでいた。特に天パの人を見る目がヤバい……笑い声が煩かったのかな? でも、その虫けらを見るような目をするのはやめたげて欲しい。笑うのは良いことだよ。
「その研二君ってのは……?」
「知らないんですか!? 有名じゃないですか、『ワイルド・ポリス・ストーリー』! 略して『ワイポリス』!」
「え、ああ……タイトルだけなら知ってる……かも……?」
「こ、国民アニメをタイトルだけしか知らない……だと……!?」
「ごめんな。オレ車の方が好きだから」
「わ! 同じだ! 研二君も車好きですよ!」
「あ、ウン。ソーナンダ」
「ひぃ……もうやめてくれ……」
 天パのお兄さん、もう涙目になってる。そんなに笑う要素あったのかな。それとも笑い上戸か? さすがの私もちょっと冷静になってきたぞ。
「というか……お兄さん達、誰?」
「うん、最初にそれ聞いてくれると有り難かったかな……」
 言いながら、研二君似のお兄さんが一枚の名刺を取り出してきた。見ると、そこには最推しが持っている物とそっくりな名前が載っている。
「『警備部爆発物処理班』……はぎわら……研二!?」
 お兄さんと名刺を交互に見る。あんぐりと口を開いて固まる私に、最推しとそっくりな顔とお名前を持つイケメンはパチッとウインクした。
「そ! オレも研二っていうんだ。よろしくな」
「はひ……」
 なるほど、それで天パのお兄さんが大笑いしていたのか。確かに原作も何も知らない萩原さんが聞けば、全く知らない人に自分の話をされているように聞こえただろう。ましてや私、さっき堂々と『大好き』とか言っちゃってたわけだし。
「よ、よりょしくお願いします……」
 おどおどとしながら必死に紡いだ声は、恥ずかしさと申し訳なさで随分とか細くなってしまった。思いきり噛んだ私を見て、天パのお兄さんがまたおかしそうに笑う。その隣で、葉子ちゃんは相変わらずしかめっ面のまま、呆れたようにため息を吐いていた。
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