私の推し、すぐ死ぬI


 ハローハロー。この世に生きる愛すべきオタクの皆さん、元気に『推し活』してますか? 『推し』の存在って素晴らしいですよね。どんなに辛くても、これからも推し続けるために頑張って生きようって思わせてくれるんだから。夢を与えてくれる存在って本当に大事だなって思います。特に『推しがすぐ死ぬ体質』の私は現実を忘れさせてくれる創作者の存在も切り離せられません。死後も絵や小説の中で息をしている推しに何度感謝したことか……これだからタイムラインの監視は止められない……今日もお腹いっぱいです! ありがとうございます! 今日も私は元気に推し事してます! 陣平君ラァブ! フォーエバァーッ!
「って言い続けた甲斐があったよぉぉおおお……!!」
 涙腺が崩壊した私の両目から止めどなく水が流れ続ける。これが痛みや悲しみではなく喜びと感動で自然と溢れるのだから、人間の体の仕組みはなんとも不思議だ。
 でも仕方ない。今この瞬間、私は公式という神様からプレゼントを与えられたのだから。SNSのタイムラインに流れる阿鼻叫喚の声を眺め、もう一度フォロー欄から公式のアカウントに飛んで行く。
 そして、固定にされている記事を読んだ私は嗚咽を零した。酒を飲んだせいでさらに感情が荒ぶる。
「じ、陣平君が生き返った……!!」
「落ち着け。それはただの過去編。現代軸に戻れ」
「いやいや、これはもう生き返ったも同然だよ。スピンオフだろうと原作。陣平君が喋るんだよ? あれだけ陣平君ロスでファン達が騒いだから公式が生き返らせてくれたんだよ。ありがとう公式……ありがとう推しを生んでくれた先生……警察学校編とか創作ネタでしか見れなかった時代じゃん……公式の警察学校時代とかもう……もう言葉が……先生、後生だから私に口座番号教えてくれないかな。貯金してる分全部ぶっこみたい……」
「軽率に大金貢ごうとするじゃん」
「先生に貢げば推しに貢いだも同然。惜しまない」
「ちなみにその後の投稿も見た?」
「ヴァッ!?」
 葉子ちゃんに言われてスクロールした。僅か一分の差で投稿された記事を読んだ私は、泣いたら良いのか叫んだら良いのか分からないまま変な鳴き声を出した。
「映画化……だと……!?」
 待て待て待て……は? あの尊い推しの顔が大画面のスクリーンに映し出される? あの大音量でイケメンボイスを聞くことになるだと? いや普通に死ぬが? 目が潰れるし耳が孕むだろ。原作軸では見せなかった若さ故のあんな一面やこんな一面を見せられたらファンはどうすれば良いのさ。原作軸ではすでに吹っ飛んだ事実で情緒が不安定になるが?
「ついに私の死が来たか……」
「頑張って生きな。あんたの旦那が泣くぞ」
 葉子ちゃんの言葉にドキリとする。同時に、陣平君似のイケメンを思い浮かべてしまって私は顔に熱が集まるのを感じた。
「だ、旦那って……! そんなっ……! やぁだもう! 葉子ちゃん急に何言い出すの! 照れるじゃん!!」
「何その反応……わりと本気でキモいんだけど……」
 わたわたしながら赤くなっているであろう顔を手で覆い隠せば、葉子ちゃんは本気でドン引きしていた。その反応と目つきは奇妙な物というより、大嫌いな虫を見た時のそれに近い。ひどい。私は傷ついた。
「そんな引かなくても良くない……?」
「あのね、ただでさえこっちはあんた達の行動力に引いてんの。付き合ってその日に婚姻届出しに行くってどういうこと? あの研二君ですらドン引きしてたんだから」
「いや、それは私にも良く分かんない。なんか寝て起きたら指輪はめられて色んな書類に名前書けって言われた」
「ねえ、待って。なんかそれだけ聞くと怖いんだけど? やり口がもうただの詐欺じゃん。お願いだからヤバイのは旦那の見た目だけにしてくんない?」
「そんなこと言われても事実だもん。あと松田さんの見た目がヤバイのはサングラス装備してる時だけ」
「そうだけどそういうことじゃないっつの」
 物言いたげな目でジトリと睨まれて、私は仕方なくここ数日の出来事を思い出した。トラウマよりも今は羞恥心の方が勝るから、できればあの時のことは忘れてしまいたい。だって私の方からキ……キ、キキキ、キ、キスをしたなんて……! さらにその後には夜のお誘いまでしてしまったなんて……! 今思い出してもあんな台詞が私の口から飛び出したとか! やだ! エッチな同人誌読みまくった耳年増の喪女オタクってことがバレてしまう! ……いや、オタクなのはみんな知ってるか。
 とにかく、あの緊迫した最中でそんなはしたない誘い文句を口にしてしまった訳だけど、その後の松田さんと言ったらそりゃもう凄かった。何がって、まず単身で立てこもってた犯人グループを制圧したことに驚いた。あれ? 外で仲間が待機してるんだよね? って私が首捻るぐらい。見回りしてた犯人の仲間を片っ端から殴り、蹴り、投げる……いや、容赦なさすぎて犯人可哀想。一瞬で拘束されて次々と手錠がはめられていく様を、私は物陰から震えながら見つめた。極めつけはアレ。自慢のヤクザ顔(サングラスの姿)で解体した爆弾持って主犯格を脅したとこ。「コレで吹っ飛びたくなけりゃ今すぐ表に出なァ」って銃を持った相手に言えたのが凄い。普通は銃の方が有利って考えない? 犯人が私だけに殺意を持った金目当てのビビりで良かった。これで死にたがりだったら間違いなく松田さん死んでた。ついでにその場にいたスタッフや患者も死んでた。松田さん、多分あとで怒られただろうな。てか、もう怒られてた。あの佐藤さんって美女に。松田さんは煩わしそうな顔して聞き流してたけど、一緒にいた私は思わずビビった。美女が怒ると怖いって本当だよね……葉子ちゃんで学んだ。
 その後、事件の事情聴取を受けて私は松田さんの家に帰った。そこで「なんで松田さんの?」って思うじゃん? なんか帰り際に近づいてきて「待ってろ」って鍵渡されたんだ……。多分、私の誘い文句のせい。
 だから私も女は度胸だ、と腹括って荷物持って言われた通り松田さんの家で待ってたんだけど、なんとビックリ。松田さん、それから一週間ぐらい帰って来なかった。多分、今回の事件の報告書やら始末書やら、とにかく次々と起こる事件に追われていたんだと思う。東都、日本一犯罪率の高い都市だし……さすがに恋人でもない男の人の家に泊まり続けるのはちょっと気が引けたので、忙しいなら一度私も家に帰ろうと思って連絡した。
 すると、これまたビックリ。松田さんは平然と「お前に渡したのオレが持ってた鍵だから。いなくなったら困るんだけど」なんて宣った。ワッツ!? どーゆーことなの!? 大事な家の鍵を私が失くしたらどうするの!? お巡りさんのくせに行動が軽率すぎる! 私、他人! 口説かれていてもまだ他人! 同棲どころかシェアハウスすらしてない!! って騒いだら、一言。
「信頼してるからいんじゃね?」
 ……そんな風に言われてはぐぅの音も出ませんが?
 結局、そのまま私は住み着いた形になり、松田さんの家と職場を往復することになった。松田さんの家が職場に近いところで良かった……自分の家にいる時より朝の時間にも余裕ができるし、近所にはスーパーもコンビニもあるから仕事帰りに買い物もできる。なんだここ。松田さんの家、めっちゃ立地条件良いじゃん!
 ――なんて。まさかこの家の場所も松田さんの策略のうちとは露知らず、一週間私は快適な生活環境で過ごしていた。松田さんが帰ってきたのは、二日連続で残業になり帰りが遅くなった私がベッドに倒れ込んだ後のことだ。つまり、夜中である。もちろん、その時は何もされてない。松田さんが布団に潜り込んできたことに私は気づいていなかったし、疲労困憊の松田さんもすぐ眠ってしまったらしい。おかげで翌日の朝、目が覚めた私は昨日までいなかった松田さんに抱き締められていて目が点になった。さらに一眠りして元気になった松田さんに朝からがっつり食われて死にかけた。あの時は本当にヤバかった。色んな意味でヤバかった。私これでも喪女なので初めてだったんですけど。明るい時間とかただでさえ羞恥心で爆発寸前だったのに、手加減ぐらいして欲しかった。
 ――で、その数時間後には左手の指にシルバーリングをはめられて、あれこれと書類にサインすることになった訳なんですけども。
「まさか、婚約が決まった私より先にあんたが籍入れてしまうとはねえ……」
 人生何が起こるか本当にわからないわ、なんて言いながら葉子ちゃんは私の左手に光る指輪を見て薄く笑う。私がそれに照れ隠しで笑い返すと、ぴこんと私のスマホにメッセージが届いた。
「もう着くって。萩原さんと一緒に」
「じゃ、会計済ませましょうか」
 葉子ちゃんに促されて、店の外に出る。すると、ちょうど私達のいる店の前の車道に一台の車が停止した。
「そこの奥さん達。良かったら乗ってかない?」
「今なら男前の旦那達と夜のドライブができるぜ?」
 悪戯っぽく笑うイケメンが二人、窓から顔を見せる。
 奥さん、なんて普段は呼ばないくせに。わざとらしい呼びかけに、私と親友は顔を見合わせて笑った。
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