私の推し、すぐ死ぬF


「松田さんが怖い」
 死んだ魚みたいな目で呟く私の声がやけに大きく聞こえた。今にも砂になって崩れ落ちるか、アイスのようにドロドロに溶けてしまうか。スマホ片手にそんな虚無感と戦いながら固まっている私を一瞥して、親友の葉子ちゃんはノートパソコンに視線を戻した。
 カチカチとマウスで何度もクリックしたあと、耳に馴染んだ音楽が流れてくる。おそらく最後に投稿した私達の『踊ってみた』の動画を見ているんだろう。
 コスプレしているだけのパンピの素人ダンスだが、長年やっているだけあって私達の動画はそれなりに人気があるらしい。私も小さい頃からダンスを習っていた葉子ちゃんに仕込まれただけあって、それなりの動きはできる。上手くなればなるほど視聴者は増えて良いコメントも悪いコメントも増える一方。葉子ちゃんはそういうものをちゃんと監視しているようだ。画面と睨めっこしながら、葉子ちゃんは懐かしむように笑った。
「久しぶりに聞いたわね、その言葉。初めて松田さんに会った頃は連絡が来る度に言ってなかった?」
「言った。だって連絡が来る意味が分かんなかったもん」
「見た目がアレだしね。……で、今は?」
「なんかもう台詞がいちいち乙ゲー仕様で怖い。最近は食事も私が食べたい物言わなかったらお洒落なカフェとかバーとかレストラン連れて行こうとする……イケメン怖い……怪しくて怖い……私が推しにリアコになれないとかいつ気づいたの……もう怖い……」
「それ、普通に口説かれてるんでしょ」
 私はスマホを放り投げた。
「や、やっぱりそうなの!? 私口説かれてる……!?」
「ああ、自覚はあったのね。今さらだけど」
「今さら!?」
「出会った時から連絡来てたじゃん。最初からでしょ」
「最初から!? だと……!?」
「いや、言われなくても分かるじゃん……いくらなんでも興味もない女とメールも電話もしないって」
「だってずっと友達感覚だったじゃん! 話もほぼ陣平君か漫画かアニメかゲーム……あとはご飯くらい」
「私、あんたのパンピ相手に容赦しないとこ好きよ」
「いやん。葉子ちゃんに好きって言われると照れる」
「その反応は気持ち悪い」
 ガーン。貴重なデレだったので結構真面目に言ったのにガチの気持ち悪い発言をいただいてしまった。くそぅ、さすがツンデレ。幼馴染みでも手強い。
 このツンデレを口説き落として結婚までさせるんだから、萩原さんもなかなかの手練れだ。親友の右手に光るシルバーリングを少しばかり悔しい気持ちで睨みつける。
 葉子ちゃんは私が放り投げたスマホを拾ってそのまま画面を操作した。おい待てそこ。何してる。
「はい。乙ゲーらしく返信しといてあげたから」
 言ってから差し出された送信済みのメッセージ。
 嘘だろ、と思いながら確認した。『今日会えねえ? 一緒に飯食おうぜ』といういつもの松田さんの誘い文句に、私に成りすました葉子ちゃんは『私もちょうど陣平さんのこと考えてました。会えるの楽しみにしてますね』とご丁寧に語尾にハートをつけて返信していた。
 当然だけど、私は絶叫した。
「ね、ちょ……何してんの? 何してんの……!?」
「んふっ……ごめん。ちょっと面白くて、つい」
「『つい』じゃないんだけどぉぉおおおお!!」
「うるさ……だって焦れったいんだもん。許して?」
「突然のあざとい攻撃! 満点! でも許さん!」
 だって、これもう既読ついてるじゃん! いつもの松田さんなら秒で返事寄越すのにまだ来ないじゃん! どう考えても怪しまれてるって! 混乱してるって!
 とか思っていたら電話がかかってきて、盛大に肩を震わせてしまった。ビビッた。通知されてる名前が萩原さんで不思議に思ったけど安心した。
「あ、もしもし? 君、さっき陣平ちゃんになんて送ったの? なんか携帯見たまま固まったんだけど」
「ちがっ、あの、すみません! 誤解なんです! 成りすましなんです、本当に……葉子ちゃんが……」
「葉子? ……あー……ドンマイ」
 これは真面目に推測して松田さんに向けての言葉だろうと思った。ドンマイっていうことは落ち込んだ? え、そんな乙ゲー仕様の返事期待してた!?
 確かに、あんまり堅っ苦しい場所には行きたくなくて誘われる度に返事は『良いですよ! ラーメンの気分です!』とかちゃっかりリクエストしてたけど……そもそもラーメンとか口にする時点で色気がないな? 完全に花より団子状態……最初から色気なんてないけど。
「えっと……あの、松田さんの話はしてたので……ある意味合っていると言いますか……」
「ああ、大丈夫、大丈夫。そんなに気を遣わなくても」
「わ、私も松田さんと食べるご飯は大好きなので!」
「うん! それオレじゃなくて本人に言って!?」
 なんか萩原さんの悲鳴じみたツッコミが聞こえるけど無視しとこう。言いたいことだけ言って、私は一方的に電話を切った。葉子ちゃんは爆笑してた。解せぬ。


「いや、本当に解せぬ」
「何がだよ?」
 何がって? もちろん、今置かれてるこの状況ですけど。大真面目に松田さんの家で調理してる自分が不可解なんですけど。私よりも慣れた手つきで包丁でじゃがいもの皮を剥いてく松田さんにも驚きなんですけどぉ!?
「松田さん絶対料理男子じゃん……私なんてピーラー使いなんですよ……? いらなくないですか……?」
「お前いなかったら味付けわかんねーじゃん。オレは手先が器用なだけだし、炒め物とカレーしか作れねえよ」
「いや、それだけ作れたらもう十分……というか、そもそも何故私は松田さん家で料理をすることに……」
「引っ越し祝いにお袋が大量に食材送ってきたからだな。んで、使い切れる気がしねーからお前を助っ人に呼んだ」
 ああ、そうでしたね。そういう理由でした。松田さんのお母様、息子思いで超素敵……でも今はタイミングがアレなんですよね……。というか陣平君似の松田さんと並んで料理してるって、それってつまり私は今最推しと料理してるも同然では? 疑似夫婦体験的な感じになってるのでは? え、やばくない? そう考えたら今までのアレやソレもやばくない? ユメショみたいに口説かれてる立場だし……待て待て待て。それ今思い出したらヤバイやつ。ココどこだと思ってんの。ちょっと考えるのストップしよ。松田さんの顔見れなくなる。
 無心になって黙々と肉じゃがに入れる人参を切っていると、不意に松田さんからクスッと笑い声がした。
「なんか、こうして並んでると夫婦みたいじゃね?」
「タイミングを見計らったようにぃぃいいい!」
 勢い余ってダァン、と思いきり包丁の刃でまな板を打ちつけた。松田さんが肩を震わせたけど無視だ。
「わざとですか!? わざとですよね!?」
「悪い。なんかマジで反応が面白くて、つい」
「面白くないです! 葉子ちゃんといい松田さんといい私で遊ぶのやめてくれません……!? 喪女はこれでも必死なんですよ……! 脳内で陣平君と疑似夫婦生活してるとか考えてないと今色々ヤバいんですよ……!!」
「ぁあ? ったく……急に静かになったと思ったらまたそんな妄想してやがったのかよ……今すぐその陣平君とオレを置き換えろ。つか、いい加減現実を見ろ」
「私に死ねと……!?」
「なんでそうなる……」
 不機嫌な顔で私を睨んだ松田さんが「ん?」と何かに気づいて片眉を上げた。そのまま視線が私から逸らされ、しばらく考え込んだあと、プイッと顔を背けられる。
「……もういい。とりあえず先に飯作んぞ。腹減った」
「あ、はい」
 確かに、いつもより早い時間に退勤したと言っても松田さんは仕事だったんだし、お腹も空いてるはずだ。
 私は慌ててテキパキと手を動かし、鍋に具を放り込んで調味料を足していった。
「それにしても、どうして葉子ちゃん達も呼ばなかったんですか? これだけあったら四人分作れるのに……」
「なんだよ……オレと二人じゃ不満か?」
「ふ、不満というわけでは……」
「オレはお前と二人で食べたいから誘ったんだけど?」
「すみません。マジで今だけでいいので、そういう乙ゲー仕様の台詞は封印してください。これ以上言われたら羞恥心のあまり心臓が爆発します」
 切実な思いでお願いすれば、松田さんが目を丸くし、次いで「ふはっ」と堪えきれない様子で吹き出した。
 心底楽しそうに笑うその顔は、仏頂面の時に比べたらとても幼く見えて可愛らしい。
「お前のそういう素直なとこ、ホント好きだわ」
 ギュンと私の胸を何かが貫いた。この……このイケメン……私がその笑顔に弱いと知っての所業か。完敗だ。でも、やられっ放しというのも正直腹が立つもので――。
「わ……私だって、好きですよ……松田さんの、か……」
 髪、とか。小さな反撃の声は、見事に相手の心臓を打ち抜いたらしい。瞬く間に顔を赤くした松田さんは、しばらく顔を覆って俯いていた。ふっ……勝った。
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