私の推し、すぐ死ぬE


 ――また見てねえフリかよ。
 一向に既読がつかないメッセージ。最後に自分が送ったのは『飯食いに行こうぜ』というありきたりな食事の誘い文句で、数時間前に送ってからその返事はない。
 あの後、つい悪癖が出てしまって分解した彼女の携帯ゲーム機を元に戻し、どうにか怒りを宥めて(萩原とその恋人の協力のもと)着信拒否は解除させた。それ以降、メッセージのやり取りもいつも通りにしている。それでも彼女の返事が疎かになりつつあるのは、ある種の意思表示なのか。食事に誘えばノコノコとやってくるので、まあ、おそらく、多分。今はまだそこまで嫌われてはいない。しかし、いつまでもこの調子ではこちらの気が休まらないのも事実だ。
 推しに対しては馬鹿正直なぐらい単純思考なくせに、現実的な話になるとやけに冷静で気難しい。今まで知ろうともしなかった彼女の扱いづらい一面にイライラしながら煙草を蒸かしていると、ピコンと通知音が鳴った。
 発信源は自分の携帯からだ。慌てて画面に目を向けると、期待を裏切るSNSの通知。『新着の投稿があります』という文字に、思わずジトリとした目つきになる。
 ロック画面を解除し、慣れた手つきでポンポンと通知をタップしてSNSのアプリを起動してみれば、案の定『今夜、二十時に動画を一本上げます〜』といういつもと変わらない投稿文が表示された。
 買い替えたばかりのスマホからミシリと音がした。
「あんのオタク女ァ……!!」
 何度目かも分からない悪態が口から零れ落ちる。
 こちらが送ったメッセージは完全無視。キラキラと光る絵文字がやけに楽しそうに見えて、それがさらに苛立ちを募らせた。無意識に舌打ちが零れるのも抑えられない。なんでオレはこんな女に必死になってんだ?
 馬鹿らしくなってきた、と煙を吐き出す。いっそ、この煙と一緒にこの煩わしい感情もここで霧散してしまえば良いのに。そんな柄にもないネガティブな思考に参っていると、ポンッと誰かの手が肩に置かれた。
「よっ! お疲れ、『陣平君』似の陣平ちゃん♪」
「今そのややこしい呼び方すんじゃねえ……!!」
「うっわ、機嫌悪っ!」
 ギロリと肩を叩いた親友を睨みつける。何も知らずに話しかけた萩原は驚いた様子で肩を震わせた。
「いーじゃねーか、こればかりは本当のことなんだからよぉ……おっ、それあの子の投稿じゃん! 陣平ちゃん、フォローしてたんだ――ぶっ」
 人のスマホを覗き込んでニコニコと笑う萩原の顔を手で押し返し、隠すようにポケットに入れる。
 持っていた煙草を口に咥えて再び煙を吸い込んで吐き出せば、萩原は楽しそうに笑いながら懐から自分の愛用している煙草を取り出して火を点けた。
「なんだかんだ言ってマメだよなぁ、陣平ちゃんは」
「暇つぶしに見てるだけだっつの。変な勘繰りすんな」
「通知まで設定しといてそれはなくね?」
 目敏いヤツ。またチッと舌打ちが零れる。
 いつまでも機嫌が直らない様子に萩原は少しばかり対応に困ったようで、小首を傾げていた。
「なんでそんなに怒ってんだよ?」
「怒ってねえよ」
「じゃあ拗ねてんの? 何? あの子に既読スルーされてる? それともまた着拒されちゃった?」
「オイ……『また』とか言うな。返事が返って来ねえだけで着拒もされてねえよ」
「スルーされてねえなら大人しく待っといてやれよ。やりたいことたくさんあるヤツは恋愛なんて二の次になるもんなんだからよぉ……」
「なんだよ萩。お前、彼女に放置されてんの?」
「いや? どっちかっつーと俺が放置してる感じ」
「は? お前が? 珍し……」
 萩原には二つ上の姉がいる。上がしっかり者だったせいか、弟の萩原は素直で甘え上手な性格に育った。女好きになった経緯は良く分からないが、異性の扱いに長けているのは『女には優しくしろ』という萩原家の教育の賜物だろう。そんな萩原の恋愛というと、昔から彼女ができるとそっちにべったりになることが多かった。女に優しく、という言葉を『相手を甘やかす、安心させる』という意味で解釈していたのかもしれない。それが重いとフラれることもしばしばあったが、そんな萩原が自分の好いた女を放置しているなど想像がつかなかった。
 これは本当に自分の知っている親友の萩原か? 疑問を抱きながらまじまじと見つめれば、萩原はひょいと肩を竦めた。
「オレだって、いつまでもガキじゃねーんだよ」
 言って、萩原はポケットに突っ込んでいた右手を見せる。そこに光る銀色の指輪を見て、ぽかんと口が開いた。
「え。お前……マジ?」
「おう。まだ籍とか式とか予定は決まってねえけど」
「そうか……オメデト。末永く幸せにな」
 簡潔な祝福の言葉に、萩原は歯を見せて笑った。
 その顔を見てふと、四年前の事件のことを考えてしまう。もしあの時、あそこで萩原が防護服も着ずに解体に挑んでいたら――もしあの時死んでしまっていたら、今こうして自分が親友に祝福の言葉を伝えることも叶わなかった。
 それもこれも、今自分の頭を悩ませている女と出会っていたおかげか――そう思うと、やっぱり捨てきれない感情が衝動的に体を突き動かした。
「悪い。ちょっと電話してくるわ」
「はいよ。……あ、彼女にはまだ内緒にしといてくれよ。葉子が自分で伝えたいって言ってからよ」
「バーカ。んな野暮なことするかよ」
「そ・れ・と!」
 わざとらしく一言ずつ区切って呼び止める声。
 まだ何かあるのかと振り返ると、萩原はグッと親指を立てて茶目っ気たっぷりにウインクした。
「焦りは最大のトラップ……だろ? 相棒」
「……わーってるっての」
 さすが長年の付き合いなだけある。自分の中にある焦りを見逃さなかった親友に、手を上げて降参した。


 通話履歴から目当ての電話番号をタップする。新しく買い替えてから何通も残っている発信履歴の間に、同じ番号からの受信履歴は一つもない。彼女からの着信はやはりあの事件の時にあったそれきりで、その事実にまた現実を突きつけられているような気がした。
 だが、もうなりふり構う必要なんてない。
 通話ボタンを押して、数回の呼び出しコールを聞く。しばらくして「もしもし」と聞こえた声に、小さく心臓が跳ね上がる。無意識に変動する鼓動に少しばかり心地良さを感じていると、返事のないことを不思議に思った彼女から「松田さん?」と呼びかける声が聞こえた。
「ああ……悪い、今大丈夫か?」
「休憩中なので大丈夫ですけど……どうかしました?」
「別に。ちょっと声が聞きたくなっただけ」
「う……またそんな恋人に言うような言葉を……」
「これでも散々素直になれってダチに言われてるんでね……あと、全然返事くんねえから催促しようかと」
「返事? ……あ! すみません、ゲームしてる途中で通知来ると邪魔なので、さっきまで消してました!」
「オイコラ。邪魔とか言うんじゃねえ。傷つくだろ」
「え〜? 松田さんがぁ? 傷つくぅ〜?」
「おーおー……お前、最近オレに対してえらく軽口利くようになったな? ちぃとばかし調子乗り過ぎじゃね?」
「う……でもでも、そんな私を食事に誘ってくれるんだから、松田さんも嫌いじゃないでしょ?」
「ああ。好きだぜ」
「ヴァッ!?」
 どんな鳴き声だよ。そうツッコミを入れるより先に、電話の向こう側でバシャンと何かが落ちる音がした。
「ど、動揺してペットボトル落とした……」
「ぶはっ」
 自分から動揺したとか言うヤツいねえだろ。
 思わず吹き出して笑うと、電話越しでも分かるくらいプンプンと怒る不満げな声が自分を非難した。
「もーっ! 松田さん! 陣平君推しのオタク喪女にそーゆー揶揄い方は良くないですって……! そういうのは教育係のマドンナにしてくださいよぉ」
「あ? なんで佐藤?」
「あ、佐藤さんって名前なんですか? 松田さんと良い雰囲気だって噂の美女。お似合いのカップルだって」
「待て。それどこ情報だ?」
「え? 萩原さん経由の葉子ちゃんですけど?」
「分かった。ちょっと戻って萩ぶん殴って来る」
「ええっ!? ダメダメ! 暴力はダメですよ!」
「お前はあとでメッセージの返事寄越すこと。いいな」
 くるりと体の向きを変えながら、制止も無視して言うだけ言って通話を切る。喫煙室に戻ると、恋人とメッセージのやり取りをしている萩原がまだそこにいた。
 噂は多分、こいつなりの考えがあってだろう。だが、それはそれ、これはこれだ。目が合うなりギョッとした顔になる親友に、青筋を浮かべながら告げた。
「よお。さっきぶりだな相棒……ちょっとツラ貸せや」
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