私の推し、すぐ死ぬB


 そりゃ、萩原さんが爆発物のある現場に残ったという時点でなんとなく察してはいた。この一ヶ月間、葉子ちゃんがあえて恋人のことを話題にしなかったのも、私のことを思ってのことなんだろう。だって、私の初恋の人も最推しの陣平君も警察官で、二人とも同じ死因だったから。子どもの頃から付き合いのある葉子ちゃんは当然それが私のトラウマになってることを知ってる。
 多分、いやきっと、松田さんや萩原さんも同じなんだろう。警察官だとは教えてくれたけど、自分の所属部署については一言も話さなかった。教えてはいけない部署だったのかもしれないし、私も深く聞こうとしなかったのもある。たかだか居酒屋で居合わせただけの女に配慮してくれるなんて、二人は本当に優しい人だ。
 まあ、でも、いくら漫画の登場人物のこととはいえ、酒を煽りながら大好きな人の死について涙ながらに語る人間がいたら、良心のある人は誰だって地雷を踏まないように遠慮するだろう。だから、私も気を遣わせてしまうと思って何も聞かなかったのに。
 病院のベッドの上で包帯をグルグルに巻かれた人物を前にして、私は堪えきれずほろりと涙を流した。
「よぉ、色男。女泣かせた気分はどうだ?」
 そんな私の隣で松田さんが腕を組み、凍てつくほどの冷たい目でベッドの上の住人を睨みつけている。いや、マジ怖い。纏う雰囲気もだけど、声が超怖い。警察よりヤクザだよ。思わず別の意味で涙が出そうになる。
 だけど、松田さんが怒るのも仕方ない話だ。全身にグルグル包帯を巻かれてしょんぼりしているのは他でもない自分の親友なのだから。ちなみに、ベッドサイドの椅子に座る葉子ちゃんも松田さんと同じ目をしている。
「……返す言葉もありません」
 項垂れて肩を落とす萩原さん。私のせいで責められているような感じになってしまい、私も申し訳なくなってそっと松田さんの半歩後ろに下がらせていただいた。
 松田さんがこちらを振り返らず親指を向けてきた。
「生きてて良かったじゃねぇか。精々、入院中は『陣平君』の素晴らしさと防護服の大切さを教えてくれたこいつに感謝しとくんだな。でなきゃ今頃、お前は惚れた女を振り向かせる前に粉々に吹っ飛んでたんだからよォ」
「わーっ!! 陣平ちゃん、なんで今それ言った!?」
 いやホント。なんで今言った? 鬼畜か松田陣平。
 しれっとした顔で好きな人を暴露された萩原さんに心から同情する。憐れむ気持ちで見れば、萩原さんは葉子ちゃんの反応をチラチラと気にしていた。
 基本あまり物事に動じない冷静な葉子ちゃんは然して興味もないといった様子だった。あからさまな萩原さんの好意を澄ました顔でスルーしてるけど、それでも甲斐甲斐しく恋人のために林檎を剥くのは愛だと思う。
「そんなに慌てなくても、とっくに気づいてたけど。それより静かにしてくれる? ここ病院だから」
「アッ、ハイ。スミマセン……」
 前言撤回。私の親友もなかなかヒドイ。そしてイケメンを手玉に取っている感じが末恐ろしい。がっくりと項垂れた萩原さんにますます同情の念が込み上げた。
 でっ、でも大丈夫だよ、萩原さん! 葉子ちゃんのツンドラは仲良くなった証拠だから! 頑張って……!
 こっそりエールを送り、私は大人げない松田さんに避難の目を向ける。松田さんは悪びれることなくベッと舌を出してた。……え、待って。何その顔。可愛すぎない? あっかんべーが似合う男とか二次元だけじゃないの? 陣平君と同じくらい破壊力あるんだけど!
 なんて思っていたら、私の視線に気づいたらしい松田さんがこっちを向いた。ジロジロと見ていたことがバレてしまい、恥ずかしさから慌てて視線を逸らす。
「……で。お前は爆弾の解体に間に合わず、こいつを含めた市民の家を吹っ飛ばしたわけなんだが?」
「誠に申し訳ございませんでした……!!」
「いや、あの……まあ、家が吹っ飛んだのはびっくりですけど、保障とかあるみたいなので私は別に……」
 私が萩原さんをフォローしようとすると、葉子ちゃんの目がキラリと光った。
「へえ? 本当に気にしてないんだ? 四年間一生懸命集めた陣平君のグッズも全部吹っ飛んだのに?」
「はっ……!」
「なかなか手に入らないって言ってたイベント限定のグッズあったよね? 去年、苦労して手に入れたやつ」
「あぁ……やめて思い出させないで……」
「あ〜あ、可愛そうに……総額で今のバイトの一年分の給料は吹っ飛んでるでしょうねー」
 うっ。確かに、金額で言うとかなりの損失だ。リアルでも推しが吹っ飛んだことに胸が痛む。
「あ、でも……陣平君のことは火葬したと思えば……」
「どんな弔い方だよ。ってかそれ、なんかオレが火葬されたみたいに聞こえっからやめてくんね?」
「だってこうでも思っておかないとショックが……」
「本っ当に申し訳ない! すみませんでした!!」
「ああっ、ちがっ! ショックなのは確かですけど、やっぱりそれ以上に萩原さんが生きていてくれたことに安心したと言いますか……! ほら! 萩原さんがいなくなったらきっと葉子ちゃんや松田さんが悲しみますし! ホント気にしないでください! ねっ!?」
 頭を下げる萩原さんに、私はワタワタと身振り手振りを添えて言葉を繋ぐ。葉子ちゃんや松田さんを引き合いに出して同意を求めるように振り向けば、何故か葉子ちゃんは笑顔で華麗にスルー。松田さんは顔を背けて居心地悪そうにふわふわの髪を掻き乱していた。
「……オレのことは今はどーでも良いんだよ」
「松田さんもツンデレ属性……」
「も、ってなんだオイ。お前の親友と一緒にすんな」
「ちょっと。誰がいつデレたんですか。松田さんだって研二君のためなら敵討ちに走り回るタイプのくせに」
「つまり陣平君と同じ運命……推すと死ぬ……」
「だから人を勝手に殺すなって言ってんだろ! お前はどんだけオレを死なせてえんだよ」
 ついに私まで松田さんに睨まれた。でも、仕方ない。そもそも松田さんが陣平君に似ているのが悪い。せめてその天パをストパーにしてくれたら私も認識が変わると思う。似合ってるから変えて欲しくないけど。
「なんにせよ、研二君は自業自得。以前は防護服すら着てなかったらしいし、過信は身を滅ぼすって理解するいい機会だったんじゃない? このお調子者」
「はい……」
「葉子ちゃん、恋人にも厳しすぎない……?」
「お前が甘すぎんだよ。少しはあいつを見習っとけ」
 松田さんも葉子ちゃんの肩を持つけど、どう考えても二人が厳し過ぎる気がしてならない。
 そりゃあ確かに、今回は警察としても許されない失敗だ。爆発物処理班は解体に間に合わず、市民や建物に被害が出てしまったんだから。爆弾の解除にあたっていた萩原さんが爆発を防げなかった損失はそれなりのものだろう。犯人も取り逃がしてしまったらしいし。
 私だって、正直に言えば家が吹っ飛ぶ瞬間は見たくなかった。あの時聞いた轟音は今でも耳から離れないし、爆発した瞬間の光景は脳裏から消えてくれない。
 それでも、死と隣り合わせの最前線で爆弾と向き合ってくれていた萩原さんを責める気にはなれないのだ。いくら顔見知り程度の知り合いとはいえ、あの爆発に巻き込まれたなんて報告は聞きたくない。幸いにも犠牲者が出なかったことに安心するばかりだ。
「……生きてるなら良いじゃないですか。それだけで」
 呆れた顔をしながらも林檎を差し出す葉子ちゃんと、そんな彼女に嬉しそうな顔で林檎を食べさせてもらう萩原さん。そんな二人を微笑ましく見つめながら呟いた言葉には無言が返ってきた。
 何も言わない松田さんを不思議に思って見上げてみれば、何故か松田さんはジッとこちらを見下ろしていた。
「えっとぉ……何か……?」
「別に……あ、そういえばお前、しばらくあのマンションに帰れねえよな? これからどーすんの?」
「ああ……それなら大学の寮に空きがあったので、私だけ卒業するまでそっちで部屋を借りることにしました」
「ふーん……じゃあすぐそっちに移るよな?」
「はい。これから手続きして、明日には一応……」
「なら、そのあと買い物とか行くだろ? 荷物増えるだろうし手伝うぜ。萩の失態のお詫びにな」
 そう言った松田さんはニッと快活に笑ってポケットに忍ばせていた車のキーをくるんと指先で回した。
 あーっ! いけませんお巡りさん! そのような素敵な笑顔! 不意打ちのファンサに喪女は胸がギュンギュンします! 眩しくて直視できないです! 思わず推してしまいます〜っ!! やだ何これまだ胸がドキドキする……これも最推しの効果? 松田さんってばホント陣平君にそっくりだからドキドキしちゃう……ハッ!?
 我に返った私は咄嗟に両手で顔を覆い隠した。
「え、何その反応? 流石のオレも傷つくんデスケド?」
「す、すみません……過剰なファンサにちょっとでも気を抜けばリアコになりそうで……」
「は? ふぁんさ? りあこ?」
「なんでもないです。口が滑りました。忘れてください」
 首を捻る松田さんに、蹲る私。そんな私達を見て、萩原さんと葉子ちゃんの笑う声が聞こえた。
Storyへ


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -